~プロローグ~
ぼくはここ数日、毎日のようにこの花畑に来ていた。
草花に隠してもらうように腹這いになって待つ。
もう少しすれば、あの丘の上からあの子が走ってやって来る。
スカートなんてお構い無しに全速力で駆けてきて、いつも花畑に飛び込むんだ。
(……あ、来た)
やっぱりやって来た。
坂道が加速を付けるのだろう、最後はスピードが出すぎて足がもつれるようになってダイビング。
そしてキャッキャと大笑い。
その様子がおかしくて、可愛らしくて、つい見に来てしまう。
(一緒に遊びたいなぁ……)
でも、それは許されない。
父さんからきつく、会ってはいけないと言われているから。
でも今日を逃したら、次に彼女を見られるのはずっと先になるだろう。
夕方にはぼくたちはまた、別の町に移動するらしい。
(あ、いつものお兄ちゃんだ)
丘の上から、きれいな金髪を肩の辺りできっちりと切り揃えた男の子が下りてくる。
たぶん、女の子のお兄ちゃんだと思う。
あの子に付き添って毎日彼もここへやって来ては、二人仲良く楽しそうに遊んでいるから。
男の子はぼくより少し年上に見える。
女の子は三、四歳くらいかな。
女の子は逆立ちして転んだり、お兄ちゃんにボールをぶつけたりして、くるくると忙しい。
でも、生き生きとした笑顔が、こっちまで元気になるようで眩しかった。
(そうだ。名前を言わなきゃわかんないかもしれない)
とてもいい事を思いついたと、ぼくの胸が踊る。
(ようし……今度あの子が笑ったら、思い切って出て行こう)
そう心に決めて二人の様子を見守った。
いつ笑うか、そう思うと胸がドキドキしてくる。
父さんがどうして会っちゃダメと言うのかは分からなかいけど、たった一つだけぼくの心が、身体が、知っている事がある。
(あの子がぼくの皇女なんだ……)
その時、女の子がまた転んだ。
笑うか、泣くか、ぼくの胸の鼓動が走り出す。
(あ………! 絶対笑う……)
短い腕で頭を抱え、女の子が照れたように笑った――。