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7 生徒会長の再強襲、逃亡そして…捕獲。 

 で、放課後。

結局、上手い言い訳なんぞとうとう思いつかなかった僕は、最終手段を取ることにした。

つまりは逃げの一手、という高等戦術である。

彼女が再び僕の教室に襲来する前に、退路を確保しなくては…と、終業のベルが鳴ると同時に、僕は慌てて机の荷物をカバンに詰めはじめたのだった。

目指すは一路、自転車置き場。かの地までたどり着ければ、あとは高跳びと洒落こめる。

…が。

鉄血宰相は、そんなことはとっくにお見通しだったのである。

担任の河辺センセイが教室を出る前に、教室の入口の扉ががら!とが勢いよく音を立てて開けられた。

そこに立っていたのはもちろん我らが文ちゃん先輩その人であらせられたわけで。

…。先手を打たれてしまいました。

「さあ志賀君。昼の話の続きを聞かせなさい」

開口一番で剛直球がきた。ど真ん中のストレート。…何だか楽しそうにも見えるのだが。

「おや鬼橋か。どうした、突然」

「おやっさん」の愛称で生徒たちにも親しまれている、教師生活35年の河辺センセイは、鉄血宰相の奇襲にも動じることがない。さすがだ、おやっさん。

「河辺先生。このクラスの志賀義治君に所用があります。面会を希望します」

おやっさんはふむ、と人差し指で顎を掻きながらこっちを向いて、

「おおい志賀、生徒会長がお前を呼んでるぞ?」と、よせばいいのに仲介役を買って出てくださった。

クラスメイトたちはというと、昼休みに続く伝説の女傑の再登場に動揺する奴もいれば、ありがたやありがたやと手を合わせて拝んでいるのもいる…ああなんだ森竹か。

ふぅ、と僕はため息をついた。

潜伏先のアジトを強制捜査された指名手配犯の心境だった。

さらば夢の逃亡生活。僕ぁここまでだ。今後僕を待っているのは、無実を訴えながらも有罪判決が確定している被告人の立場でしかないだろう。

あとは鉄拳制裁という刑の執行を待つのみ、というわけだ。

ほんと、あんな荒唐無稽な出来事をどう説明すればよいというのか。

ともあれ、僕は全面降伏。ホールドアップして自ら前に進み出た。

「降伏します。降伏しますから撃たないで」

「撃ちません」

当たり前のことを聞くなとばかりに涼しい顔で答える文ちゃん先輩。

「…おまえたちは夫婦漫才か」

おやっさんのツッコミひとつ。クラス中がどっと笑いに包まれた。

『違います!』

文ちゃん先輩と僕の、それはそれは見事なハーモニーとなった。これではまるで「二人の初めての共同作業でございます」ではないか。

ひゅーひゅーという、実にお約束的な声が飛び交いはじめ…はしなかった。

一部のお調子者たちの発した最初の「ひゅー」の所で、即座に鉄血ビームがそれを迎撃してしまったからである。

こほん、と文ちゃん先輩は咳払いをひとつくれると、「では志賀君」と僕を促して教室の外に出たのだった。

そのまま文ちゃん先輩は僕を先導してずんずんと廊下を進んでいった。さすがに今回はネクタイも引っ張られてはいない。

万策尽きて仕方なく同行したとはいえ、いまだに正直に事実を言う覚悟なんてできていなかった。

当然、廊下を進む速度にも差ができてくる。

気がつくと、彼女と僕の間には、けっこうな距離が開いていた。

先を進む文ちゃん先輩自身は、まだそれに気がついていない模様。

捲土重来。よし逃げようと機をうかがいはじめる僕。

彼女はどうやら、北校舎一階にある視聴覚室を尋問の場に選んだらしい。

そこに行くには南校舎1階の職員室と保健室の前を通って、その先にある渡り廊下を通らねばならないのだが、僕は内心、この渡り廊下を脱走のスタート地点に定めた。

あそこならば周囲を阻む壁もないし、何といってもそこから南校舎の生徒通用口会談の前を通れば、わが愛車の待つ自転車置き場はもうすぐそこなのだ。

こんにちは、愛しき逃亡生活。またお目にかかれる日がこようとは。

一縷の希望は活力の源となる。持ってろよわが愛車「自由の翼」号。名前はたった今決めたのだけれど。

念のために先をゆく文ちゃん先輩の様子をしげしげと観察してみる…あ。

何という事だ。

文ちゃん先輩は、まさしく「鉄血宰相」なのだった。この徒名の由来であるプロイセンの髭のおっさんの場合は「鉄」は兵器、「血」は兵士の事を意味したそうだが、彼女の場合はその小さな身体に流れている血の色の事を指すのだろう。

よく見ると、彼女のブレザーのポケットからは、キーホルダーが見え隠れしている。

見慣れたキーホルダー。それはそれは見慣れた、上州名物・少林山(しょうりんざん)縁起達磨(えんぎだるま)の小さなマスコットが付いたキーホルダー。

…そいつは、わが「自由の翼」号の盗難防止キーに付けていた奴だった。

鉄血宰相は、僕が逃亡を図ることを最初から見抜いていたのだった。

逃亡した僕がまず最初に向かうであろう場所に先回りして、抜かりなく先手を打っていたに違いない。

根が無精者の僕は、学校と家に自転車を置く時なんか、盗難防止キーなんて掛けたことがない。こんな田舎の街で、自転車泥棒なんてそうそうお目にかかることもないからね。

でも今はそれが裏目に出てしまったらしい。

くぅ…無念。

一度抱いた希望が崩れ去る時ほど絶望を感じることはない。鉄血宰相がそこまで計算していたのだとしたら恐ろしいことである。

そんな僕の絶望を知ってか知らずか、文ちゃん先輩は保健室の先にある渡り廊下に出る角を曲がっていった。

これはもう観念して渡り廊下に出るしかないな…と諦め気分の僕…ん?

音もなく保健室の扉が開くと、ほっそりとした手がにゅっと出てきて、おいでおいでと僕を招いた。

その手に誘われる様に近づいてゆくと、そこには悪戯っぽく微笑む剣城先生がいた。

「あ」

しぃ…と人差し指を口元にやって沈黙を促すと、剣城先生は僕を保健室に招き入れた。

そのまま首だけ扉の外に出して、周囲の様子をうかがう剣城先生。気付れてはいないことを確信すると、彼女はそのまま保健室の扉を閉めてしまった。

もちろん扉を閉める時に「外出してます。鮎子(はぁと)」と書かれた自作のプレートを掛けておくのも抜かりない。

「…剣城先生?」

「しっ。もうちょっと待ってて」と小声の剣城先生。

耳を澄ましていると、やがて

「ああっ!いないっ!?」

という文ちゃん先輩の絶叫と、たたたたたーというえらく慌てている様な足音が、僕たちの潜む保健室の前を通り過ぎて行ったのだった。

足音が十分に遠のいたことを確認すると、剣城先生はくすくす笑った。

「文ちゃんたらもう…おっかしい」

うん。やっぱこの笑顔は凶器だ。問答無用で逆らえなくなる。

「…あの子もねえ、悪い子じゃないんだけど、昔から融通が利かなくてね」

ほう。やっぱ剣城先生は文ちゃん先輩のことを昔から知ってたのか。

片や超然として掴みどころのないおねえさんと、片や「鉄血宰相」の異名をとる鉄壁の女傑。案外、二人はいいコンビなのかもしれないね。

…それが「ボケとツッコミ」という、絶妙の組み合わせだとは言うまい。

「え、先生は文ちゃん先輩がちっちゃい頃から知ってるんですか?」

「え…あ、うん。今もちっちゃいけれど」

「ですよねー」

これには二人で大笑い。声が保健室の外に漏れないか、はたと気づいて慌てて口をつぐむ僕。そう、身の安全は確保された(?)とはいえ、僕の立場は「逃亡犯」なのであった。

官憲文ちゃん先輩のことだ。声を聞きつけでもしたら、間違いなく一直線にここにくる。

断言できてしまう所が何だかいとをかし。

「…剣城先生?」

「鮎子でいいよ?」

「じゃあ鮎子先生。先生は文ちゃん先輩のことをそんなに昔から知ってるんですか」

「うん。こーんなちっちゃな頃からね」と、右手の人差し指と親指でほんの4・5センチくらいの幅を作る鮎子先生。…あのぉ?

「嘘ですよね?」

「うん。よく分かったね」

またもやくすくす笑い。よく笑う先生だなぁ。またそれが品をくずさず嫌みがないというのは一種の才能なのかもしれない。

それを人は「人徳」とでも言うのだろうか。はぁ…僕にゃまるでそっち方面の才能なんてないからなぁ。

それにしても。

鮎子先生ってけっこうお茶目なんだな。それにもっと口数が少なくて、あんまり喋らない人だと思ってたよ。

「文ちゃんはね、昔はとっても可愛かったのよぉ?私の事を『鮎子おねえちゃん』なんて呼んでたし」

へぇ。それは見てみたい。

天使の様な満面の笑みを浮かべて、鮎子先生にじゃれついてくる文ちゃん先輩かあ。

うん。想像するだに可愛いかったろうなぁ…。なぜその場に僕がいなかったのか。

「それって鮎子先生と文ちゃん先輩の家が近かったとか?あ、もしかしてご親戚か何か?」

「うぅん。そういうわけじゃないよ?文ちゃんの一族を、私が昔から知ってただけ」

…?どういうことだろう。

『一族を昔から知っていた』?

妙な言い回しだなあ。たとえば『一家を知ってた』とかならまだ分かるけど。

「一族」なんて言うと、もっとスケール…というか歴史を感じてしまうよなあ。

「で、志賀くん?」

ちょっと考え込んでいた僕のほんの目と鼻の先には、いつの間にかぐーんと接近した鮎子先生のきれいな顔があった。

「…!?うわほぅ!!??」

思わず仰け反ってしまった。

「志賀くんは本当に面白い反応をするよね」と、またもやくすくす笑う鮎子先生。この人は、お箸が転げても可笑しいお年頃のままでここまできたのだろうか。

「なななななんですかかかかか!!??」

「うん。聞きたいことはあるんだけどね。その前に、もうちょっと声を落とさないと、くるよ?文ちゃん」

そ…そいつはいただけない。セルフ・コントロール、セルフ・コントロール。

「はい、そこで深呼吸―」

にっこりとほほ笑む鮎子先生のお言葉に従う僕。すーはー。すーはー。

「落ち着いた?」

ええ、まぁ。ほどほどには。

「じゃあ落ち着いた所で」

「はい?」

「志賀くんは、何で文ちゃんについて歩いてたの?何だか嫌そうに見えてたけど」

えっと…何から話したものか。

「もしかしてデート?」

いえそれはありえませんと首をぶんぶん横に振る僕。

「それもそっか。文ちゃんだものねー」と、またくすくすくす。「志賀くんは、文ちゃんみたいな子は苦手?嫌い?」

またもや首をぶんぶん横に振る僕。今度は「いえそんなことはないです」というニュアンスを加味してみたつもり。

実際、好みかどうか…と言われれば好きなタイプではあると思う。ただ如何せん、相手は伝説の「鉄血宰相」である。さっきのキーホルダーの一件にしてもそうだ。あの先輩とまかり間違ってお付き合いでもすることになってみろ?それこそ一瞬の隙も見せられない様な緊張した時間が続くだろう、延々と。…そんな将棋の竜王戦みたいな男女交際はいかがなものかと思ってしまうのだ。

僕はふぅ、とため息をついて言った。

「…まー、ちっちゃくて可愛いとは思いますけどね、文ちゃん先輩って」

「…ほほう。私はそんなに可愛いのですか。ちっちゃいのですか」

地獄の亡者もかくや、という怨嗟めいたお声がひとつ。

恐る恐る声のした方、すなわち北側校舎側に向いた方の通用口を見ると、それはそれは可愛らしいリトル閻魔様がお見えになられておりました。

ああ、何だか肩を震わせておられますねえ…もう11月も終わりですし、きっとお外はお寒いことでせう。

…そういえばあっち側の通用口は開いたまんまになってたっけ。渡り廊下からは室内も丸見えではないですか。

「で、志賀君。その『とは』の続きをぜひ拝聴願いたい。それと文ちゃん先輩って呼ぶな」

なぜ逃げた、とは聞いてこない所に得体のしれない恐怖を感じてしまうなあ。

いかなる時も直球勝負、「疾風怒濤の鉄血宰相」らしからぬその婉曲っぷりが恐ろしい。

鮎子先生に目線で助けを求めてみると…あ、いつの間にか椅子に腰かけて事務机に頬杖なんかついてこっちを見てる。何でそんなに楽しそうなお顔なんですか。

カンダダのしがみつく蜘蛛の糸を、なぜか満面の笑みを浮かべながらハサミで切ろうとしているお釈迦様がいますよ?今まさに。わが校の保健室には。

「どうしました?キミには聞きたいことがありますが、その前にまず、キミの私に対する評価の方に興味がわいてしまいました」

あ、いかん。文ちゃん先輩のキュートな唇が上弦の月の形になってる。

「や…」

「…や?」

彼女の目がすぅーっと細くなる。ああ恐ろしい。

「…山本五十六が…」

とりあえずフェイントに軽めのジャブひとつ。有効打狙いではなくて、相手の出方を見たいがための威嚇射撃だったのだが、

「褒めて伸ばすというアレですか?残念ですがその方法では私の身長は伸びません」

…威嚇射撃にもなりませんでした、はい。

「…やっぱそうですよねーあはははは」

「…何かおかしいですか?私は何かおかしなことを申してしまいましたか」

ゆらぁり、と負のオーラをまき散らしながら、それでいて口元だけは薄く笑みの形を保ったまま。

文ちゃん先輩は一歩また一歩と僕の方に歩み寄ってきた。

ろ…ロープロープ!子供の頃、2歳年長の従兄に無理やりプロレスごっこに付き合わされた時の記憶が蘇った。

僕は旧帝国陸軍で狙撃兵を務めたという(本人談)父の遺伝なのか、それなりに恵まれた体格ではあるけれど、どうにもそういった武張った方向には興味がなかった。父の勧めもあって小学校中学校と柔道をやって、この体格のおかげでいつの間にか「一本背負いの志賀」なんて呼ばれたりもして(実はそれしか使えなかったのだけれど)、一応黒帯も取得はしたけれど、それだって中学生部門での事だったしね。高校に入ってからは美術部のほぼユーレイ部員として、こうして日々平和に過ごしてますです。

だから従兄がプロレスごっこやろーと僕を誘ってきても、内心は嫌で嫌でたまらなかった。

だってあの頃はマスカラスの空中殺法とかがブームで、従兄ったらタンスの上によじ登ってボディアタックとかカマしてくるんだもん。

そういう時、僕は乏しかったプロレスの知識を頭の中から引っ張り出しては、決まって「ヘイ!ロープ!ロープ!」と喚きながら逃げまくっていたのだった。

でもこの保健室にはしがみ付くべき3本ロープもありゃしない。広さだけは四角いジャングルと同じくらいなのにな。何となくだけど理不尽なモノを感じてしまう。

あと頼るべきは公正なジャッジを為すべきレフェリーなのだけど、白衣を着た我らが麗しき審判サマは、何だか楽しそうに頬杖なんかついてらっしゃいます。とりあえずブレイクとかの警告を出す気はまったくないみたい。

あまり嬉しくもない思い出に浸っている間にも、負けを知らないチャンピオン様はにじり寄っておられます…どうせよというのか。

「…志賀君。キミとは一度じっくりとお話ししたいものですね。色々と」

口元は笑ってるのに、何でそんなに声が低くなってらっしゃるのですか。

今や文ちゃん先輩は僕の目の前に立っていた。およそ30センチ下方からの下から目線で言葉も出ない僕の顔をじぃぃぃっと見つめている。

うん。この表情が一番彼女らしい、と思う。何にはばかることもなく、一途にただ一点を見据える瞳。だからこそ彼女は「鉄血宰相」なのだ。森竹あたりがファンになるのも分かる。僕だって、こうして直に接してみると、彼女の魅力もよく分かってきた。

…分かってはきたけれど。

とりあえず、今はこの場をどう切り抜けるかが大問題ではある。

「キミは、どうも私の事を恐怖の対象とでもと感じているみたいですね」

はあ。否定できません。

「それもよいでしょう。私は誰に対してもこの様な態度しか取ることができませんし、その結果周囲からは煙たかられているのも承知しています」

いやあ。そんな事はないんじゃないですか。

「…ほう?何故でしょうか」

一瞬、僕を見据える彼女の瞳が大きくなった気がした。あれ?今の、口に出てた?

「出てました。その言葉にも興味ができましたが。志賀君。キミがそう思う理由を聞かせてください」

…ホント、真っ直ぐな人なんだなあ。文ちゃん先輩って。

「え…ええっと、だって、ただ煙たかられているだけなら、あんなに圧倒的な支持で、こうやって生徒会長に当選するわけないじゃないですか」

「そうでしょうか?」

「文ちゃん先輩とは、まだそんなに話したわけでもないですけど、ためらいもなく真っ直ぐに向かってくる先輩は…苦手ではありますけど…嫌いではありません。尊敬に値します。みんなだってそう思ったから、先輩に票を入れてくれたんじゃないですか?」

少なくとも、僕はそうだった。

よくは知らないが凄い先輩が2年にいる、という噂だけは知っていた。そして役員選挙の演説会の演壇上で彼女の語った「みなの学校の為に、私は礎となってこの身を捧げたい」という言葉に心打たれて一票を投じたのだった。

…それっきり、すっかり忘れてたのだけど。

文ちゃん先輩をヒロインとした学園ドラマにおいては、せいぜいその程度の脇役に過ぎなかった僕の前に、当の生徒会長サマが疾風のごとく現れるまでは。

見事生徒会長に当選した文ちゃん先輩は、さっそくその公約を次々と実行していった。

僕が彼女と初めて直に話すきっかけとなった、下校時刻の校内パトロールもそのひとつ。

彼女は毎日、必ず最後まで校内に残って、戸締り火元の確認電気の消し忘れなどを確認してから下校するのだそうだ。

それに今僕がこうして問い詰められている崩落事故の一件だって、あの場所を通って通学する生徒たちの身の安全を思っての事だろう。

いくら何でも、そんな事は学校側・先生たちに任せておけばいいじゃないか…という言葉は彼女には通じない。

だって彼女はこういった。『礎となってこの身を捧げたい』と。

文ちゃん先輩は、自らの意志で発したあの言葉に忠実でいるだけなのだ…と。

彼女と直に話してみて、僕はそう思った。だから思う所を素直に述べた。

ぱちぱちぱち。

「うん。その通り。文ちゃんはそういう子なの。志賀くんは人を見る目があるね」

鮎子先生は拍手しながらそう言ったのだった。いつもの微笑みで。

「おっ、おねえちゃん!」

妙に狼狽する文ちゃん先輩。照れているのか、呼び方が「鮎子先生」から「おねえちゃん」になってる。きっと無意識に素が出ちゃったんだろう。

「鮎子おねえちゃん!と…とにかく私は志賀君に用があるのです。彼の身柄を確保いたします。…あと志賀君。文ちゃん先輩って呼ばないで…ください」

そう言って、文ちゃん先輩はまたもや僕の簡易ネクタイをつまんで、保健室を後にしたのだった。

今度はさっきよりも、ずっと優しい力で。

でも、彼女の瞳はどことなく寂しそうにも見えたけれど。

彼女に引っ張られながら、そういえば、僕も鮎子先生にも聞きたいことがあったんだよな…と、僕は今さらながらに思ったのだった。

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