6 インタヴュー・ウィズ・ジ・アイアンメイデン
僕が連行されたのは案の定、生徒会室の前だった。
何だこの予定調和な展開は。
「ここでよいでしょう」
あ、部屋には入らないんですか。
てっきりよくあるマンガみたいに、生徒会室で何やら尋問…みたいな展開を予想していたのだけど。
尋問される様な覚えもないけどね。
「…先週土曜日の下校時、キミが見た物を答えなさい」
は…?それってまさか…
「…ええっと…剣城先生と文ちゃん先輩と…」
「それは下校前の屋上での事であって、下校時ではありませんね。あと文ちゃん先輩って呼ぶな」
「いけませんか?」
「私のことは姓の方か役職で呼ぶことを希望します」
「えー、可愛いと思いますよ?“文”って名前」
返答の代わりにぎろ、と眼鏡越しの鉄血ビームがきた。ああ、はいはい。
「じゃあ、逆に僕からお聞きしたいのですけど」
「何でしょうか」
「何であや…鬼橋先輩はそんなことをお尋ねになるんですか?」
「私は全校生徒に対するあらゆる危険や障害を除外排除し、安全を保障する責務を負っています」
「はぁ」
「先日の新幹線高架壁の崩落事故のことはご存知ですね?」
「…知ってます」
「あの付近はわが校の生徒も多く往来する通学路です。あの様な危険性を持った場所であるならば、生徒会長としては通学路の変更を検討指導せねばなりません」
おおー。さすがは会長殿。野次馬根性の一般生徒とは見る所が違うわ。
凡俗は小局に捕われ、賢者は大局を量るとでも言うのかな。
「お見逸れいたしました」
「職務にすぎません」
これには正直、敬意に値すると思った。あと何年かしたら文ちゃん先輩も社会人になるのだろうけど、いずれはきっとよい上司になるに違いない。もし僕も就職するのなら、彼女と同じ会社に入って、願わくば彼女の部署で働いてみたいな…とまで考えて、彼女にネクタイを引っ張られながら外回り営業をしているスーツ姿の自分を想像してしまった。
…何だ、今の僕とおんなじじゃないか。
そう、文ちゃん先輩はここまで僕を引っ張ってきたまま、いまだにしっかと僕の簡易ネクタイをんでいたのだった。
「…ところで先輩」
「何でしょう」
「…いい加減、僕のネクタイ放してくださいませんか?」
思わず瞳を見開く文ちゃん先輩。あ、また赤くなった。可愛いなぁ。
「こ…これは失礼を働いてしまいました。謝罪します」
「いえお気になさらず」
「分かりました。では気に病むことはいたしません」
素直なのか気持ちの切り替えが速いだけなのか。文ちゃん先輩、やはり侮り難し。
「それよりもさっきの話ですよ。鬼橋先輩は、何でこの僕に事故の事を?」
「あなたの通学路は、問題の現場を通過するからです」
「ええ?でもあの道を通ってくるのは僕だけじゃないですよ?」
何故か「俺もそこ通ってまーす」と自己アピールする森竹のイメージが浮かんだ。
「分かってます。でも」
「でも…?」
「事故が発生したのは土曜日の午後七時頃と耳にしています。当日、屋上で鮎子先生と私に会った時間からかんがみるに志賀君、キミがその付近を通過したであろう時間に、崩落が起きたのではないかと私は推測しているのですが…違いますか?」
何という慧眼。名探偵文ちゃん先輩ここにあり。ちょっと動揺してしまった。
だからこんな言葉が口から出てしまった。
「…あ…あの、もしもですよ、僕がその事故が起こる所を目撃したと言ったら、会長はどうします?」
すると文ちゃん先輩ってば、一点の曇りもない澄んだ瞳でこう申されましたよ?
「JR並びに工事を担当した業者に、わが校の生徒に危険を及ぼした旨を即刻抗議します」
うん。この人なら本当にやりかねない。
「では志賀君。やはりキミは事故を目撃していたのですね?」
あちゃあ。この切り返しは選択を誤ってしまったようだ。ほぉら、せっかくの文ちゃん先輩の澄んだ瞳が、獲物を狙う猛禽類のそれになってしまったではないか。
「え…えっと…」
「どうしました?」
…困ったぞ。
目撃していない、といえば嘘になるけど、さすがにあんなコールタールVS蝙蝠女が云々なんて与太話は言えないよなあ…ましてや相手は文ちゃん先輩だ。迂闊にそんなこと言ったりしたら、「ふざけるな!」と鉄血ビームが鉄拳制裁にシフトアップしかねない。
はてさてどうしたものか…と思案しかねていると、そこに午後の授業の予鈴が鳴った。
おお、何という天恵。
「…おや、もうこんな時間になってしまいましたか。では志賀君。この話はまた放課後に聞かせていただきます。失礼」
律儀に胸に手を当てて深々と一礼すると、文ちゃん先輩は自分の教室の方に去って行ったのだった。
後輩相手でも律儀な文ちゃん先輩は、決められた時間にも律儀なのだった。
教室に戻ると、僕はすでに「かの鉄血宰相のお呼びがかかった奴」という、実に有難くもないレッテルを貼られていたらしい。クラスの連中の僕を見る目が明らかに違うわな。
特に森竹などは無駄に興味を持ってしまったらしく、何を話してきたとかどういう関係なんだとかしつこく聞いてきたけれど、面倒なので彼女の職務とやらに付き合っただけだよと答えておいた。
ところが、これがいっそう火に油を注いでしまったらしく、挙句の果てには何で生徒会役員でもないお前にお声が掛かるんだとか抜かしはじめてきたので、お前は文ちゃん先輩のファンなのか?と聞いたらそうだ、と即答しやがった。
これ以上ああだこうだと質問責めにされるのも億劫なので、彼女に聞かれた高架壁崩落の質問のことを話したら、普段あまり話さない様なクラスメイトまでもが「え?お前その場にいたのかよ!?」と、こっちの件でも質問責めになってしまった。
…くっ、逆効果であったわ。
かくして。
彼女の質問に対する適切な解答例を模索する余裕もないままに、僕は午前中と同様、授業内容を脳内に入れそこなってしまったのだった。




