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5 強襲!鉄血宰相!!

 月曜日の朝になった。

朝のNHKニュースでは「上越新幹線下り、高崎―上毛高原間が架線トラブルにより不通」なんてのをやっていた。

やはり地元のニュースが全国ネット局で流れているのは気にもなる。

朝食も済ませ、すっかり体調を戻した僕は、何事もなかったかの様に自転車に乗って登校した。

ちょっとだけ心配性の母はまだ懸念していたようだけど、質実剛健を以てする旧日本陸軍兵士だった父は、そんなことくらいで学校を休むなとも言っていた。

それに僕自身、昨日の疑問を剣城先生に直接聞いてもみたかったし。

今日は愛用のギターは自分の部屋に置いてきた。というよりも母に「また風邪引いちゃうから」とダメ出しをくらったのが真相だったけれど。

通い慣れた通学路。帰路は上り坂だけど、ということは往路は下り坂になるわけで。

上州群馬の空っ風も、朝のうちは吹いてこない。

いっそ逆だったらもっと楽だったのに…とは何度も考えたことだ。

朝の心地よいサイクリング気分で、僕は一昨日の悪夢の舞台となったあの橋の近くまでやってきた。

夜の静けさとはまるで様相を変えて、この時間はそれなりに人や車の往来がある。

それにしても、いつもよりも往来が賑やかかな…?と思いつつ、くだんの橋の前までたどり着くと、「通行止め」「迂回路」の看板があった。

この混雑は、ただでさえそう広くない田舎の側道の一部が、工事か何かで通れなくなっているかららしかった。

何だよ…こういうのって事前に通告の表示とかあるんじゃないのか?という疑問は近くの高架壁を目にした途端、消え失せた。

何台ものJRの工事車両がやってきていた。数台は狭い側道には収まりきらないので、側道付近の畑にも駐車している。

朝のニュースはこの事を伝えていたのだった。

そして。

修繕中の問題のコンクリート製高架壁は、何か強力な液体でもひっかけられたのか、無残にも溶け落ちていて、普段は壁に遮られて目にすることのできない線路の中側まではっきりと見ることができた。

…え?あの(あと)って…?

そして、一日半を経てなお微かに鼻孔に這い入ってくるあの悪臭。

…僕はそれらを知っていた。

さすがに怖くなって、僕は逃げる様ににその場を後にした。

学校に着いて、自転車置き場に愛車を置いてから生徒通用口へ向かう。

ウチの学校の生徒通用口は2階にあるから、校舎正面の外階段を上る。

途中で耳にする生徒たちの間では、今朝のニュースの話題で持ちきりだった。

そりゃあ、地元で起きたトラブルだもの、好奇心旺盛な高校生たちにとっては関心の的になってしまうのも仕方がない。僕だってこんなに直接関わってなければ、きっと彼らと同じ様な反応をしていたに違いない。

「事件」が━━という事を知っているのはおそらく僕だけだろう。他の誰もが、あれは「事故」と認識しているはずだが━━起きたのは、一昨日の夜のことだ。JRもきっと不眠不休で復旧作業に取り組んでいるのだろうけれど、まだ運航再開の目処は立っていないらしい。

ニュースでも言っていた事だけど、あの高架壁が溶けていたのが一番の問題らしかった。

その原因は、建造中、あの部分のコンクリートに何か腐食性の薬品が混入してしまったからだとか、コンクリートに規定以上の水を入れて嵩を増やしてしまう手抜き工事(シャブコンというそうだ)のせいではないかとか、様々な憶測が飛び交っていた。

…そりゃあなー。まさかコールタールの化物がゲロったねばねばが高架壁溶かしちゃいましたとさなんて与太話、誰が信じるものか。

…あ。

そういえばあの橋の所からさっさと逃げ出しちゃって気がつかなかったけど、あのコールタールの死体(?)はどうなったんだ?

あんなにでっかい図体だもの、おいそれとどこかに持ち去る様なこともできないだろうし。

もし発見されていれば、きっと大騒ぎになってたはずだけどな…

それに、あの女の人って何者なんだろう…


階段を上る途中で立ち止まって考え込んでしまった僕の背中をぽん、と軽く叩いた奴がいた。

誰だろうと振り向くと、中学時代からの悪友・森竹だった。

人懐っこそうな丸顔に眼鏡を掛けた森竹は、「よう、おはよう」と気軽に挨拶してきた。

「…あ…ああ、おはよう」と気のない返事の僕。

「何だ、ずいぶん気の抜けた挨拶だなあ」と森竹。「どうせまた昨夜も遅くまでギター弾いてたんだろ?」

僕はああ、まあねと適当な相槌をうってその場を誤魔化した。

「…程々にしろよ?」

「うん」

「それより義治、お前も見たろ?あれ」

「あれ?」

「今朝のニュースでやってた事故現場だよ」

ああそうか、こいつも僕と同じくあの道を通ってくるんだっけか。

「うん。来る途中に見た」

「すげぇよなー。コンクリが、あんなになっちゃうんだもの」

「そうだね」

何だよーもっと驚けよーと少々不満げな森竹だったけど、僕はとてもそんな気分にはなれなかった。

あの出来事が夢とかなんかじゃなくて、僕の目の前で本当に起こった事実だったのだという衝撃、そしてその事実は、事実でありながらおよそ現実離れしたマンガかアニメの様な展開だったという、にわかには信じがたい内容だったこと。

僕が目の当たりにしたそんな出来事を、いったい誰が信じてくれようか。

「…なあ森竹?」

「ん?」

「あれってさ、実はでっかいコールタールの化物と、空飛ぶ蝙蝠女の壮絶なバトルの結果なんだ」

「……はぁ?何だそれ」

「そう言ったらお前、信じるか?」

「はぁ…?馬鹿じゃねーの?」

ほら。笑われた。

でもこれは僕のせいじゃないぞ?


…それにしてもあのコールタール、本当にどこへ消えちゃったんだろう…?


その日の授業は、まるで身が入らなかった。

1時限目は僕が得意な日本史だったけど、先生の声も頭に入ってこない。

そのまま2時限3時限と実に機械的に授業は進んでくれたけど、僕の脳はこれらを華麗にスルーしてくれた。あーあ。期末試験も近いというのにな。

昼休み。

まだぼーっとしている僕に森竹が、「義治、お前にお客さんだよ…誰だと思う?」

そんな思わせぶりな態度で聞いてきた。

「…お客さん?誰だよ」

「聞いて驚け、何と鉄血宰相サマこと…」

「…ああ、文ちゃん先輩か?」

僕はまだあの魔女っ子イメージを引きずっていたらしい。

「あ…文ちゃんっておいお前、いつの間にあんな美人を“ちゃん”付けで呼べるくらい親しくなりくさりやがったんじゃあ?」と、なぜか義憤にでも駆られたかの様に憤りはじめた森竹をよそに、僕は教室の入り口の方を見た。

…なるほど。文ちゃん先輩…じゃないや、鬼橋生徒会長サマが腕を組んで僕の方を見つめていた。

目が合うと、文ちゃん先輩は腕を組んだまま、ちょいと顎を上げてこう申された。

「…志賀義治君とやら」

うわー。「とやら」ですか。逐一インパクトある口調の先輩だなあ。

この後に「汝にちょいと物もうす」とか続いても違和感なさそう。

「あなたに少しお聞きしたいことがあります。同行しなさい」

どうやら答えはイエスかイエス・マムしかないらしい。

最初からノーという選択肢は存在しないみたいだった。

僕は席から立ち上がって、仁王立ちする鉄血宰相の待ちうける入口まで歩いて行った。

「…何か御用ですか、会長?」

僕は彼女を見下ろした。

む、と眼鏡越しに下から目線で僕を凝視してくる文ちゃん先輩。相変わらず腕は組んだままだった。

こうして間近に並ぶと本当ににちっちゃいんだな。やっぱ「鉄血宰相」より「文ちゃん先輩」の方が向いていると思うけどなあ。

「む。…でっかいわね」

「いやそれほどでも」

「褒めてない」

「褒めてください」

「褒めないわよ。褒める必要性を感じません」

「僕は褒めていただきたいです」

「ではまず褒めるに値するだけの業績を示しなさい」

「わかりました。じゃあ何をすればいいんでしょうか」

「私の質問に答えなさい」

「答えたら褒めてくれるんですか?」

「この質問はキミの評価に影響を与える類のものではありません」

「褒めて伸ばすという育成法もありますけど」

「山本五十六の話はどうでもよろしいのです」

…何だろう。小柄でもおっかなそうなタイプの先輩なのに、彼女と話していると妙におちょくってみたくなってしまうんだな、これが。

対する文ちゃん先輩も大したもので、僕の挑発をポーカーフェイスで悉くスルーしている。彼女はきっと合気道の達人に違いない。

あ、何だか楽しくなってきた。

「あはは、何だか可愛いですね、文ちゃん先輩って」

いかん。脳内限定のニックネームがつい出てしまった。

ぱちーん、といい音。

「いい加減にしなさい」

僕の頬に平手をくださったまま、彼女はそう言った。

あらま。ちょっと赤くなってる。

「とりあえずここでは会話にもなりません。いいから同行しなさい」

そう言って文ちゃん先輩はきびすを返すと、僕のひとつ菱印の簡易型ネクタイを引っ張って歩き出した。

あんまり強く引っ張られるとホックが外れてしまうので、僕はこのままおとなしく付いてゆくことにした。

農耕牛か疾走前のゲートに向かう競走馬みたいに連行されてゆく僕の頬には、小さな紅葉の葉っぱの跡ひとつ。

僕を引っ張る文ちゃん先輩の頬も心なしか紅味を差している様にも見えるのは、やっぱ気のせいなのかなあ。

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