24 事件の真相、そして…何かが…起ころうとしている?
僕はとりあえず、南校舎2階の廊下をひた走った。
駆け足は決して速い方ではなかったけれど、今はそんな事を言っている場合ではない。
背後には文ちゃん先輩の気配を感じる。小柄な彼女の足音は軽く、そして俊敏な物だった。
最初、彼女と僕の間はけっこう離れていた。いくら何でも、これなら距離を稼いで逃げおおせる…なんて考えていたけれど、それはあまりにも軽率だった。
後ろの様子を確認しようと、走りながら振り返った僕は驚愕した。
文ちゃん先輩はマントをひるがえしながら、瞬く間に距離を縮めてきている!
前傾姿勢で突き進んでくる疾風。
その文ちゃん先輩は、廊下の壁に近づいて…何て事だ!壁を駆け上がり、天井を逆様になったままで駆けてくる!?あ…あ…ああ…あんなのは反則だよなぁ!?
彼女の動きに合わせて、視線をたどってゆく。
その視線は僕を追い越した先で止まった。
猫の様な身のこなしで天井を蹴った彼女は、僕の目の前にゆっくりと降り立った。
…息ひとつ切らしちゃいない。
僕をまっすぐに見つめるその瞳は、相変わらず無機質な冷たさを秘めていた。
「…もう逃げられませんね?」
くそう…どうしたものか。…あ?
視線を右にやると、そこは一階への下り階段だった。
一気に飛び降りようか?…いや、それはリスクが大きすぎる。
あの身のこなしだ。僕が飛び下りて態勢を立て直す前には、あの槍もどきが飛んでくるだろうさ。哀れ僕ぁ、さっきの化物の二の舞になるのが関の山だろう。
じゃあどうする…?
僕が戸惑っているうちに、文ちゃん先輩が突進してきた!
手前3mくらいまで接近してきた彼女は、そこで床を蹴って宙に舞った。
鋭い切っ先が僕に迫る!
「うわひゃああああああ!!」
情けない声が廊下に響いた。あ、僕の声か。
無我夢中で仰け反ったのがよかった。間一髪、槍もどきの切っ先は僕の胸を掠めていった。
僕はそのままバランスを崩して尻餅をついてしまったけれど、文ちゃん先輩の身体はそのまま階段の下へ落下していった。
…安心したのもつかの間だった。
落下した文ちゃん先輩は、空中で身体の向きを変え、踊り場の床を蹴って、再び僕の方にジャンプしてきたではないか!?…これは猫以上の身のこなしじゃないか…!?
すとん。
文ちゃん先輩は、床にへたり込んだままの僕の前に降り立った。
そのまま、僕に覆いかぶさる様に跨ってきた。これでは逃げられない。
「…手間をかけてばかりで申し訳ありません志賀君。なるべく、手短かに済まさせていただきますね」
「…ご…ごゆっくり…で構いませんよお…」
「お気遣いは無用です。では」
文ちゃん先輩は、両手で槍もどきを掲げた。あとは一気に振り下ろすつもりなのだろう。
…逃げ様がない。もうダメか?
しゃあない。僕は覚悟を決めた。
僕は死ぬ。殺される。命を奪われてしまうんだ。
意外にあっさりと、自分の死を受け止める気になった。…淡白なAB型だからかな?
どうせなら、これから僕の息の根を止めようとしている女の子の顔を見て死のうと思った。
ましてや、これまであまり女の子と縁のなかった僕だ。その僕がはじめて親しくなった女の子。世話焼きで頑固で一徹で…とってもまっすぐな女の子。時折見せてくれる優しさと気遣いが嬉しかった。可愛らしいと思った。
…そんな子に殺されるのは本望?それとも無念というべきなのだろうか。
不思議と、彼女を恨む気にはなれなかった。
文ちゃん先輩は、自分の「使命」とやらに忠実なだけなのだろう。
でも…あの槍もどきに貫かれたら…痛いだろうなあ。
意識を失うまで、どのくらい時間が掛かるのだろうか。
その最期の時まで、僕は彼女を見つめていよう。この世の手向け、って奴だ。
そうしたら…文ちゃん先輩はどう思うかな?
恨みがましい目で見られていると思うだろうか。
いやいや。当の本人には、そんなつもりはまるでありませんのでご安心ください。
…さあ、ひと思いにやってくんな?こちとら覚悟はもうできました。
「……」
ところが。
槍もどきを振りかざしたままで、文ちゃん先輩は固まっていた。
…どうしたのだろう?
よく見ると、彼女の瞳には涙があふれていた。
無機質な瞳はそのままだったけれど。
泣いている…?
その小さな肩も小刻みに震えていた。
「…僕を…殺さないんですか?」
「殺します。殺しますから、もうちょっと待っててください」
その口調は冷静なままである。ただ、その涙だけが不釣り合いだった。
槍もどきは、なかなか振り下ろされてこない。隙だらけじゃないか。
もしかして…僕は助かる?
お互い見つめ合う。涙にあふれた彼女の瞳に、僕が映っていた。
僕は思いついて、両足で彼女の右足を挟んで身体を捻った。
いわゆる「かにばさみ」って奴だ。どうにもカッコ悪い技だけど…そもそもこれは技なのだろうか?
「ひゃん!」
咄嗟の事だったので、文ちゃん先輩も対処が遅れたみたいだ。バランスを崩した彼女は、可愛らしい声を挙げて転倒した。
そのまま、今度は逆に僕が彼女に覆いかぶさる形になった。念のために両手首は押さえつけさせてもらった。
…ちょっと待て。これは見ようによっては、僕が文ちゃん先輩を押し倒しているみたいにも見えてしまうかもしれない。
「…く。やりますね志賀君」
この期に及んでも、文ちゃん先輩の瞳は無機質な物だった。
「…御主様の秘密を守るためなのです。不本意ではありますが、どうあってもキミの口を封じなければなりません」
口封じ…口封じ…?
前にも聞いたことのあるその言葉が、耳に蘇ってきた。
あ。そうだ。
鮎子先生が言ってたその「方法」。
鮎子先生が言ってたのは…
『口封じ』には『口封じ』。
…どどどどどうしよう。
鮎子先生の「提案」は、経験浅い…いや、まるで皆無な16歳の童貞小僧には、あまりにもハードルの高い内容だった。おいそれとできる物ではない。かといって、いつまでもこのままの姿勢でいるわけにもゆかない。試すなら…今この時しかない。
…ちょっと邪まな考えも浮かんだ。
どうせ殺されるのならば、もう一度「賭け」に殉じてみるのもいいかもしれない。
「…志賀君?」
不審そうな目で僕を見る文ちゃん先輩。その通りですよ文ちゃん先輩。これから、誠に不本意ながらも、とっても不審で失礼で無礼でハレンチな事をさせていただくのですから。
…ごめんなさいは言いません。こっちも命懸けなんです。
意を決して、僕は身動きのとれないでいる文ちゃん先輩の唇を奪った。
ロマンチックでも何でもない、ただ不器用で粗暴なだけのキス。
鮎子先生の言っていたのは、こんな手段だったのだ。
…何が『うるさい女の子の口を封じちゃうのは、これが一番なの!』だよまったく。
「…んん~っ!ん~んっ!」
必死に顔を背けようとする文ちゃん先輩。でも、純粋に力比べなら僕は負けません。
抵抗する文ちゃん先輩。僕はそれでも唇を合わせたままだった。
次第に彼女の抵抗が弱くなってきた。
僕はようやく唇を離してみた。押さえつけた手は放さなかったけれど。
文ちゃん先輩は潤んだ瞳で僕を見つめていた。
無機質だったその瞳には、いつの間にか「感情」が戻っていた。
「…っく」
「…え?」
「ひっく…ひっく…」
あ、ヤバい。これは泣く。
「あ…あの、文ちゃん先輩?」
「ふぇぇぇぇぇぇ…」
小さな女の子の様に泣きじゃくる文ちゃん先輩に、僕はどうしていいのか混乱しながらも、今まで以上に愛おしさも覚えてしまったのだった。
もはや抵抗する気配もなくなった文ちゃん先輩の手を放す。
僕は上半身を起こして、彼女を見つめた。
…泣かせてしまった。
子供の頃、ほんの軽い気持ちで近所の女の子をからかったら、その子がいきなり泣き出してしまった事があった。後で母に物凄く怒られてしまったけれど、それよりも、僕自身が泣かせてしまった少女自身に対して、とても申し訳ない事をしでかしてしまったのだ…という罪悪感の方が大きかった。
それ以来、僕は女の子だけは泣かしてはいけないという事を胸に刻んでいたのだけれど。
…でも今、その禁忌を破ってしまった。それも自らの意志で。
しかも相手は文ちゃん先輩。どこまでもまっすぐで、どこまでも包容力あふれる優しい先輩…僕が泣かせてしまったのは、そんな女の子だったのだ。
僕は泣きじゃくる文ちゃん先輩の涙をぬぐった。
一瞬ぴくん!と彼女は身体を震わせたかと思うと…その次に飛んできたのは、小さな手のひらだった。
ぱちん、と小さな音を響かせて、手のひらは僕の頬を打った。
文ちゃん先輩に叩かれるのはこれで2回目だけど、前の時よりも痛みは感じなかった。
すん、すん、とまだ泣きながら、文ちゃん先輩も上半身を起こしてきた。
たぶん、次にくるのは僕への罵倒だろう。それも覚悟できている。これで決定的に文ちゃん先輩には嫌われてしまうだろう。…命を奪われなかった代償ではあるけれど…それはそれで悲しい。
文ちゃん先輩はまだ潤んだままの瞳で、僕の胸に顔をうずめてきた。
彼女は小さな拳で、僕の胸をポカポカと叩いてくる。
時々聞こえてくる微かな息遣いが艶めかしかった。
僕はどうしていいか分からないまま、彼女にされるままでいた。
「…ありがとうございます」
文ちゃん先輩は、僕の胸に顔をうずめたままで、ぽつりとそう言った。
……は?
「ありがとうございます。助かりました」
「あ…あの…?」
ど…どういう事なんだ?
…あんな蛮行に及んで、よもや感謝されるとは思わなんだ。
その時、階段を上がってくる足音が聞こえた。文ちゃん先輩は、もう校内には誰もいないなんて言ってたけど、誰かが何か用事でも思い出して戻ってきたのか?
ヤバい。それが先生の誰かだったりしたら、この状況をうまく説明できる自信がまるでない。
僕たちはそっとその場を離れて、近くの教室に身を隠した。
「…すみませんでした。突然、あんな事を仕出かしちゃって…」
僕は恐る恐る、彼女の顔を見た。明りも点けてない薄暗い教室の中だったけれど、彼女の髪はくしゃくしゃだったし、涙の跡も酷い事になっているのはよく分かった。
「…いいのです。私だって、志賀君の事を殺そうと思ってましたから」
「本気…だったんですね?」
「…『鬼橋 文』としてはその通りです。御主様…鮎子おねえちゃんの秘密を守る。それが代々受け継がれてきた魔導師『鬼橋 文』としての使命なのですから…でも、キミの知っている『文ちゃん先輩』としては…そんな事…できるわけがなかった…だから…」
「…だから?」
「私は、自分自身に暗示を掛けたのです。…『御主様の秘密を知ってしまった者は、潰せ、壊せ、破壊せよ。代々の“わたし”は、ずっとソうしてキたじゃナいか。…そレハ正シイ事。大事ナ事ヤラナクテハイケナイ事』…」
そう呟く文ちゃん先輩の瞳が、また無機質な物に変わりはじめていた。
「文ちゃん先輩!」
僕は彼女の肩を揺すった。
「…!」
我に返った文ちゃん先輩は、僕の胸にまた顔をうずめてきた。
「…いけませんね、まだ暗示に引きずられてしまいます」
僕は彼女の肩を抱いた。そのとっても小さな肩は、小刻みに震えていた。
「…しばらく、こうしていてください。私が…私のままでいられる様に。キミの事が好きな私のままでいられる様に…あ」
しまった!という顔になった。
「…あの…こう言うのも何ですけど…」
「はい?」
「…もう、お気持ちはいただいてます…その…さっきの教室で、もう」
「…あ」
どうやら、暗示にかかったままの時の記憶も、しっかりと残っているらしい。
「ああああ…あの、その…」
真っ赤になって俯いてしまう文ちゃん先輩。ああもう可愛いなぁ。
「そ…そう言う志賀君だって!…最初に言ってきたのはキミじゃないですかぁ!」
「あ…あの時は必死で…無我夢中で…」
「え…あれはその場しのぎの詭弁だったのですか、志賀君?」
「いっ、いいえっ!まったくの本心ですっ!赤心ですっ!嘘偽らざる僕の気持ちです!」
「嬉しい…」
そのまま僕の胸の中で、文ちゃん先輩はそっと目を閉じた。
さっきまでの殺気が嘘の様な、甘い時が過ぎていった。
窓の外を見ると、もう真っ暗だった…あれ?
真っ暗な夜空を背景に、翼を羽ばたかせた鮎子先生が、握った右手の拳の親指をぐっと突き出してこちらを見ているのが見えた。満面の笑顔である。
‥何が「グッド!」だよ、まったくもぅ。
全てはお節介なカミサマ代理が仕組んだ事じゃなかったんですか?…あぁん?
それよりも、せめて空いている左手で胸を隠してください…裸なんですから。
鮎子先生は、後の事はよろしくねーとでも言いたいのか、一度ウィンクして投げキッスをすると夜の静寂の中に飛び去っていった。…無責任だなあ。紅茶の約束、忘れてません?
「…どうかしましたか?」
不思議そうな顔で僕を見る文ちゃん先輩。
「何でもないです。ちょっと、外で蝙蝠が飛んでただけでした」
「くす。鮎子おねえちゃんだったりして」
やっぱ鋭いなあ。
「…鮎子先生とは、もうけっこう永いお付き合いなんですか?」
「おねえちゃんは…もう10年ちょっと前から私を見守ってくれているのです」
「ずっとあの姿のままで…?」
「ええ。昔からあのお姿でした。はじめてお会いした時にはキス…されちゃいました」
キス、という言葉の所で、文ちゃん先輩は少し頬を赤らめた。さっきの事を思い出したのだろうか。
「唇に?」
「いっ、いいえ!頬にですよ!…私の唇を最初に奪ったのは…」
僕をじぃーっと見つめる熱い視線。…はは、困ったぞ。
「…すみません反省してます。はい」
僕はうなだれた。
…完全敗北だな、こりゃ。
「…私は…こんな幸せな気持ちになってはいけない…と思ってました」
「…副部長の…事ですか」
「…はい」
「よかったら…僕に聞かせてくれませんか」
僕は文ちゃん先輩の肩を優しく抱きしめた。彼女の身体の震えが伝わってくる。
「聞いて…いただけますか。私の過ちを…」
「ええ」
「私は…倉澤さんを見殺しにしてしまったのです」
「見殺し…?」
「キミの言う『泥口』…あいつはキミを襲う前から、時々姿を現していました。最初は生徒たちの単なる怪談話だと思っていたのですけれど、クラスメイトの倉澤さんまで目撃したと言うので…」
「でも、副部長が襲われたんだとしても、無事だったじゃないですか?」
「そうじゃないんです…!」
彼女の肩がぴくん、と震えた。
「そうじゃない?…だって副部長は…」
「そうじゃないんです…最初、彼女は遠くからあいつを目撃しただけだったのです。彼女からその目撃談を聞いた私は、その『泥口』が実在するのなら、『鬼橋 文』であるこの私が退治してしまおう…最初はそんな軽い気持ちでした。私の魔力のちょうどいいトレーニングになる…そんな浅はかな考えでいたのです…」
うーん…僕はオカルトなんて信じないけど…さっきまで色々と見せつけられた超常現象の数々は説明できないし、もしもそんな常人を超えた力を持っているのならば、そう思っちゃうかもなあ。
「…私はその化物を目撃したという倉澤さんに話を伺い、化物が出没しそうな場所を特定してみました。…志賀君、キミが襲われたという、あの新幹線の側道沿いの小さな橋。あそこです」
…そういえば、半世紀前に死んだという安仁和尚も、そこで襲われたみたいだしなあ。
あの辺りが泥口の生息地…なのだろうか。
「私は、『あの場所が恐ろしくて、もう通れない』と怯える倉澤さんに、以前と変わらずにあの場所を通る様に暗示をかけたのです…」
「それって…囮に…?」
「…はい。愚かにも、私は彼女を囮に使ってしまったのです…もちろん、いざとなったら私の力で、彼女の身を守れるという自信があったのです。下校する彼女を、毎日側道の陰から見守る日々が続きました」
「その…マントを羽織った姿で?」
「はい。毎日、彼女が無事にご自宅に戻るまで、ずっと」
…なるほど。自転車を届けたあの日、側道で見かけた影は文ちゃん先輩だったのか。
「一日、二日、三日…一週間二週間。あいつはずっと姿を見せず、そのまま1ヶ月が経過しましたけれど、何事も起きはしなかったのです…でも」
文ちゃん先輩の瞳は、どこか遠くを見つめていた。
「…平穏な日々に、私は油断していたのです。もう何事も起きないのだろう…と」
「……」
「その油断が命取りでした。すでにルーティン・ワークとしか思えなくなっていたあの日」
「泥口が現れた…?」
「はい…あの日、あいつは現れました。それも突然。あの小川の底の深淵から。倉澤さんの悲鳴を耳にして私が駆けつけたその時には…」
僕にしがみつく文ちゃん先輩の小さな手に力が入る。僕は彼女の髪を優しく撫でた。
「…その時には…全てが手遅れでした…倉澤さんの身体は…」
……え?
「倉澤さんの身体にあいつが喰らいついて…喰いちぎって…お腹が…腕が…足首が…ああ!!」
「落ち着いてください文ちゃん先輩!」
「だって指が、髪の毛が目が口が…いやぁぁぁぁ…!」
「文ちゃん先輩!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!!!」
「しっかりしろ!文っ!だいじょうぶ!僕が、僕がいるから!」
…思わず呼び捨てにしてしまった。
名前を呼ばれた時、彼女は大きく身体を震わせた。
『僕がいるから』
図らずも、その言葉は、僕が視聴覚室で取り乱した時、彼女が僕にかけてくれた言葉と同じ響きを持っていた。
ややあって、乱れていた彼女の息が安定してきた。
「…志賀君の胸、広くて大きいんですね」
「恐れ入ります」
くす、と文ちゃん先輩は小さく笑った。
「…取り乱してしまいました。申し訳ありません」
「いいんですよ。僕ぁ、もっとみっともない有様を晒してましたし。それよりも…副部長は…?」
「…私は無我夢中で、あいつ…泥口に魔力を放ちました。持てる魔力を放ち続けました…やがてあいつは彼女の肉片…身体を吐き出して去ってゆきました」
…あれ?ちょっと待てよ?
文ちゃん先輩の話で引っ掛かる所がある。…何だろう?
「ばらばらになった倉澤さんの身体に、私はただ謝る事しかできませんでした…頭の中が真っ白になって何も考えられなくなって…」
…という事は…倉澤副部長は…とっくに死んでいた…って事か?
「ただ泣きじゃくる私の前に鮎子おねえちゃんがやってきてくれて…言ってくれたんです。『だいじょうぶ。わたしが彼女を元の姿に戻してあげるから。だからもう泣いちゃ駄目』って」
…あのカミサマ代行、そんな事もできるのか。…まあ、鮎子先生が言うには、このセカイはカミサマの見ている夢の中に過ぎないそうだからなあ…そういうのもアリ、なのかもしれないけれど…でも、彼女が生き返ったって事は…
「…鮎子おねえちゃんの言った通り、私の目の前で倉澤さんの身体は見る間に元通りになってゆきました。そして完全に元通りになった後で、おねえちゃんは倉澤さんの記憶を封じてさえくれたのです」
「…ちょっと待ってください。副部長は泥口に喰われて…一度死んだんですよね?」
「はい。でもおねえちゃんが蘇らせてくれて…」
うん。それは分かった。あのカミサマ代理?代行?…どっちでもいいけど、鮎子先生が副部長を生き返らせた…って事は…
あくまでも僕の仮説ではあるけれど、泥口に喰われて死んだ者は…その死後に…
いやいやいや。しょせんは、アレは素人の仮説だけど…この心によぎる不安は何だ?
その時だった。
教室の外で慌てた様な足音と、何人かの先生方が騒いでいる声が聞こえたのは。
その中の一人は、顧問の太田先生の物だった。
動転して裏返った様な太田先生は、こう言っていた。
『大変だ!倉澤の遺体が病院から消えた!どこにもない!消えちまった!!』




