樹の決意
「……久しぶりですねこうして2人で歩くのも」
最初に口を開いたのは沙良だった。
「そうだな。最近は事件続きだったりしたからな」
俺も同意する。
「悪魔見習いの試験って毎回こんなに事件続きなわけじゃないよな?」
「まさか。私たちが特別遭遇しすぎているだけですよ。こないだのクーデターだってせいぜい数百年に1度のレベルでしか起こらないものですからね」
「起きてはいるのかよ」
思わず突っ込んでしまう。
「と言ってもこの試験自体はそちらの世界基準だと100年に1度やってるものなので、実質3回に1度くらいですかね」
「結構頻繁じゃねーか」
沙良は俺に突っ込ませたいのだろうか。
「とはいえ人間基準の時間に直したらそんなに頻繁ではないでしょう?」
「そうだけど……あれ? 待ってくれ、今100年に1度って言ったか? 前に試験は数百年に1度って言ってたよな?」
俺は一瞬聞き流しそうになったある単語を引っ張ってくる。
「ああ、そういえば言ってませんでしたっけ? こちらと魔界では時間の流れが微妙に違うんですよ。その時間の流れをうまく調節してくれるのがあのリモコンなんです。仕組み的には半分タイムマシンのようなものですかね」
「あのリモコンに機能詰め込みすぎなんじゃねーか?」
それだけ様々な役目を押し付けられていれば、今回リモコンが壊れてしまったのも頷ける話なのかもしれない。
「あのリモコンはマーラさんが来た時にも言いましたけど、そもそも悪魔になってしまえばすべての機能を使わずに済むので必要のないものなんですよ。4次元空間に繋がる青ボタンと着替え用の赤ボタンはそもそも人間界で過ごすために作られたものですし、黄色の魔界の入り口を繋ぐことも緑の携帯電話機能も悪魔が身につけることのできる能力ですからね。ほら、たまに悪魔が見えないのにテレパシーみたいな会話をしてることがあるじゃないですか。あれですよ」
「……お前らやっぱりおかしいわ、うん。それだけは分かった」
俺は改めて悪魔のハイスペックさに舌を巻くのであった。
「なあ、沙良。願いを叶え続けることでお前らが嫌な性格になったりとかそういうのはないんだよな?」
しばらくして俺は沙良にこう質問した。
「どうしてですか?」
「いや、何となく気になってな」
桜にああ言ってしまった手前、やはり俺も気になっていたのだ。本当に俺の考えは正しかったのかどうか。
「そうですね。私から言わせてもらうなら、その可能性はほぼ0に近いです。こないだアリーが戦った悪魔見習いのこと覚えてますよね?」
「ジョーだっけか?」
俺は思い出す。ジョー・マクロイド、俺の元友人である成島翔と契約した悪魔見習いのことだ。
「はい。確かに彼も歪んだ思想のままに私たちを誘拐していましたが、彼の性格そのものは正義感に溢れたものです。それは別に翔さんがいてもいなくても変化のないものでした。後で聞いた話、私たちの方はともかく、人間の誘拐に関しての主犯はほぼ翔さんだったそうですよ」
「つまり、ジョーに関してはやり方を間違えただけで性格は特に変化はなかったと」
「そういうことです」
沙良は頷く。
「アリーだってずいぶん麻梨乃さんの願いを叶えたみたいですけど、それでも私の知るアリーと何ら変わりありませんでしたよ」
「だよなやっぱり」
「まさかとは思いますけど、樹さんそれを気にして私に願いを願わなかったわけじゃないですよね?」
沙良は少しジト目で俺の方を見る。
「そんなまさか……ははは」
「樹さん」
「ごめん100%ないとは言えない」
沙良の鋭い口調に俺は即座に土下座の体制に移行した。
「……私のことを思ってくれてたのは嬉しいですけど、それじゃ私のためにならないので。こないだの一件で少なからず樹さんの過去も清算されたと思いますし、支障のない範囲でこれからは私に願いを願ってくださいね」
だが、沙良の口調は思ったよりも優しいものだった。
「……あれ、沙良さんもしかして照れてます?」
顔を上げた俺は見えない沙良の顔を推測する。
「そ、そんなことないですよ何言ってるんですかちょっと樹さんに心配されてたからって顔が真っ赤になったり恥ずかしくなって樹さんの顔を見られなくなったりとかそんなマンガみたいな展開あるわけないじゃないですか嫌ですねーもう」
普段の沙良にあるまじき早口でまくしたてる話し方に俺はいろいろなものを悟った。だから俺は一言こう言ってやる。
「……沙良、ごまかせてないぞ」
「うわーん樹さんを責めていたはずがいつの間にか逆転しているだなんてサラ・ファルホーク一生の不覚です」
「そこは人間界ネームじゃねーのかよ」
「しまったうっかりしてました!」
間抜けな声を上げる沙良。そこで俺と沙良は互いの顔を見る。
「は、ははは」
「ふ、ふふふ」
自然と笑みがこぼれる。
『あははははは!』
そして次の瞬間俺たちの周りの空間は笑いに溢れた。
「やっぱり楽しいですね樹さんといるのは」
沙良はひとしきり笑った後俺のそばにぴったりと寄り添う。
「そうだな。俺もできる限りお前が悪魔になれるように協力してやらないとな」
「そうしてくれるとすごく嬉しいです」
そう言って彼女は俺の顔を見る。
「これから、また改めてよろしくお願いしますね。今度は本当の契約者として」
「ああ、任せとけって」
夕焼けのせいだけではない沙良の赤く染まった頬を見て、俺は改めて彼女を消滅させないために、そして彼女の悪魔見習いの称号から見習いを取るために頑張ることを誓うのだった。




