謎の卵
「方法ですか?」
沙良は意外そうな顔で俺に聞く。
「ああ。まあお前は嫌がるかもしれないけどな」
そう言って俺は彼女にある人物の名前を告げる。
「……あー、そういえばあの人ならここに来てくれそうですね」
沙良の顔が少し歪む。
「どうする? ここから頑張って魔界までの道のりを歩くか。あるいはあの悪魔に来てもらうか」
「……まあ背に腹は代えられませんね。今回は樹さんに従うことにします」
沙良の許可が下りたので俺は携帯電話を取り出すと、その人物に連絡を入れた。
「まあサラちゃん大きくなったわね!」
それから数分後、俺の家に空間を繋げたその人物は突然現れた。彼女の名前はマーラ・グリタニア。サラの母親であるミルダ・ファルホークの旧知の友人であり、俺が現在コンタクトを取ることのできる数少ない悪魔だ。
「きょ、今日はちょっとリモコンのことで用事がありまして樹さんに」
抱き着こうとしたマーラから慌てて数歩引いて距離を取る沙良。この悪魔はどうやら女性型の悪魔には本当に見境のないようだ。
「さっき樹君からは聞いたけどね。まさか一週間も経たないうちにこっちに来ることになるとは思わなかったわ。で、急に動作不良を起こしたんだって?」
「ええ。どうにも赤ボタンと青ボタンが急に使えなくなってしまったらしいんです」
俺はマーラにリモコンを手渡す。
「ちょっと見てみるわね」
彼女は受け取ったリモコンを数分間調べた。その後俺にそれを返してくる。
「これは私じゃ直せないわね。修理屋さんに持っていくしかないわ。まあ、呼んだのはたぶんそれを私に任せるためだったんでしょサラちゃん」
「……ばれてましたか」
情報屋の名前は伊達ではないらしく、洞察力もなかなかのものである。もっとも、沙良のことを知っているからというのもあるのだろうが。
「一応代替機も持ってきたけど、まあこの壊れ方だと一週間はかかるわね。来週までしばらくリモコンなしで過ごすしかないわ」
「仕方ないですね」
沙良はため息をついた。
「まあ、ちゃんと修理屋さんには届けてあげるから安心してね」
マーラは笑顔で俺たちに微笑んだ。
「あ、ところで2人とも、このリモコンの代金に私のお願いを1つ頼まれてくれないかしら?」
マーラは帰りがけ、俺と沙良にこんなことを聞いてきた。
「何ですか?」
俺は聞く。
「実はこれなんだけどね……」
彼女はポケットからリモコンを取り出すと、その青ボタンを押す。
「あれ、マーラさんもそのリモコン使ってるんですか?」
沙良が意外そうに聞く。このリモコンは悪魔見習いが持つものであり、基本的に悪魔が持つ必要はないものなのだ。
「私は情報屋だから他の悪魔とは必要なものがいろいろ変わってくるのよね。これは半分特例で持ってるようなものよ」
彼女はそう言いながらポケットの中をごそごそと探す。
「あったあった。これなんだけどね」
そう言って彼女が取り出したのは小さな卵だった。
「何ですかこれ? うずらよりは大きいけど普通の卵よりは小さいですね」
俺はその卵を見てそんな感想を漏らす。純白の卵は美しい輝きを放っていた。
「実はこれ、ある魔界生物の卵なんだけど。この生物っていろいろと特殊で卵は人間界で孵してあげないといけないの。で、ちょうど1週間以内に孵るはずなのね。だから、私の代わりにあなたたちにこの卵を温めてほしいのよ。マニュアルはこれを参考にしてね」
マーラは『必ず孵そう!』と書かれたマニュアルを俺に渡す。
「……こんな普通の家で大丈夫なんですか?」
卵と言えばもっと自然界で孵した方がいいのではないか、と言う俺の小さな疑問である。
「ええ。むしろそういう家の方が助かるのよ。本当は私がつきっきりで孵してあげたいんだけど、仕事もあってさすがに人間界に1週間はいられないから。で、3日前くらいから付きっきりでいようかと思ったんだけど、せっかくあなたたちの家に来ることになったからついでに持って来たの。仕事を休まないで済むならそれに越したことはないし、お願いしてもいいかしら?」
「……まあいいですけど。休みは俺が、平日は沙良が見ていれば問題ないと思います」
俺はそう答える。
「ありがとう。あ、もしリモコンが直る前に卵が孵るようなことがあったら、その間もしばらく面倒を見てもらえる?」
「ええ。任せてください」
俺は頷いた。
「それじゃ、またリモコンが直ったら来るわねサラちゃん。うふふ」
マーラはそんな不気味な笑い声を残して魔界に帰っていった。
「……疲れました」
沙良はその瞬間床に崩れ落ちる。相当気を使っていたのだろう。
「そうは言っても今回はマーラさんに頼んだ方が良かったんだろ?」
「そうなんですけどね」
沙良はため息をつく。
「ところでこの卵どうする?」
俺は手渡された卵を沙良に見せる。
「じゅるり」
「おい食べるなよ?」
俺は慌ててその手を引っ込める。
「冗談ですって。いくら何でも得体の知れない卵を食べるほど私も食いしん坊じゃありませんから」
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよ」
俺は睨む。
「失礼ですねむー……」
「でも否定はできないんだろ」
「……そうですけど」
結局いくら怒って見せても強く反論できないところを見ると、どうやら彼女自身俺に抱かれているイメージは分かっているようだ。
「で、何かいい考えとかないか?」
あんまりここで言っていても仕方ないので、俺は沙良にそう振ってみる。
「そうですね……、せっかくですし桜さんや麻梨乃さんにも協力してもらうっていうのはどうでしょうか?」
「それはいい考えかもな」
沙良の提案は確かにグッドアイデアだと思った俺は携帯電話を取り出すと、事情を2人にメールで説明するのだった。




