悪魔見習いの誤算
数分後、俺はあるものを買って戻ってきた。
「おかえりなさい。何を買いに行ったんですか?」
彼女はおとなしくベンチに座って待っていた。いつの間にかピンクのワンピースに戻っていたところを見ると、外出時の基本の服装はこれということらしい。
「ほらよ」
俺は紙袋から中のものを取り出すと、彼女に手渡す。それは柏餅だった。俺は先ほど柏餅を買った和菓子屋さんに向かい、柏餅を2つ注文したのだ。
「え、いいんですか?」
「おう。お前が出したお金なんだしお前に使ってやらないとな」
狐につままれたような顔をしながらそれを受け取る彼女。
「ありがとうございます……ってあれ?」
受け取った後何かに気付く彼女。
「これじゃ私利私欲の願いにならないじゃないですか!」
「気付いたところでもう遅い。ほら食えよ。これが目的だったんだろ?」
俺は彼女の隣に座ると、勝ち誇ったように彼女の方を見る。
「むー……」
彼女はむくれるが、柏餅はしっかりと手放さなかった。
(……怒ってはいるんだが柏餅は欲しいんだな)
「まったく、せっかくお願いを叶えたと思ったのにこれですか。まったくもう」
柏餅を頬張りながら文句を言う彼女。一応本気で怒っているわけではなさそうだった。
「次はちゃんと私利私欲の願いを叶えてくださいよね。今回はこの柏餅に免じてチャラにしてあげます」
「どこから目線で話してるんだよお前は」
突っ込む俺だったが、彼女がおいしそうに柏餅を食べているのを見ると別に悪い気はしなかった。
「さて、じゃあ帰るか」
それから30分ほど散歩した俺たちは、近所のスーパーから出てきて帰宅することとなった。
「あの、今買ったのは何なんですか?」
彼女は不思議そうに俺の方を見る。
「これか? これはもう1つの節句の時の食べ物だよ。ほら、粽ってのがあったろ」
「ああ、そういえばありましたね。あれって和菓子屋さんにもありましたけど違うものなんですか?」
彼女は聞く。
「ああ、和菓子の方は甘くてこっちは主食として食べるな。なかなかおいしいんだぞ」
粽には2種類あるのだが、和菓子の方の粽はあまり知られてはいない。実際俺も久しぶりに食べるくらいだし、そもそも和菓子の方は見るまで知らなかったくらいだ。
「へー、それは楽しみです」
そわそわした様子で俺の方を見る彼女。食べ物のこととなると本当に見境のない奴だ。
「ところで、帰り道の方は大丈夫だよな?」
「はい。ここにシラベールがありますからね」
彼女はリモコンの青ボタンを押す。胸ポケットからやはり同じように先ほどのナビのようなものが出てきた。本当に便利なボタンだと思いながら俺は彼女と歩き出した。
「そういえばあと2つボタンがあるけど、残りは何に使うんだ?」
「ああ、緑と黄色ですか。緑の方は携帯電話のような感じですかね。連絡先さえ分かっていれば誰にでも連絡が取れますよ。かけてもかけられても料金は相手負担ですけど」
「ひどいぼったくりだなそれ」
「仕方ないじゃないですか。こっちの世界に携帯会社で対応する企業がないんですから。まあ必要経費だと思ってください」
彼女は大したことはない、と言った様子で返す。実際彼女に電話をかけるようなことがそうそうあるとも思えないし、これはこれで連絡手段を確保できると考えれば安いものなのかもしれない。
「で、黄色の方ですが、こっちは魔界との道を開くボタンですね」
「魔界との道?」
「はい。まあ簡単に言うなら誰でも魔界に行けてしまうボタンです。ちなみに魔界で使うと人間界に行けるようになるので道をつなぐボタンとでも言うべきでしょうか」
「道ねえ……」
彼女の言うことを信用するなら異世界に簡単に行けてしまう、ということになるのだが、ちょっとそれはさすがにどうかとも思う。
「まあ、機会があれば魔界の方も案内しますよ。何せ居候の身ですからね」
「そりゃどーも」
そんな機会があってたまるか、と心の中で思いながら俺は彼女にお礼を言っておいた。
「あと、それとは別にこのリモコンにはGPS機能とかもついてるのでもし失くしてしまってもすぐに見つけることができますよ」
「まず失くすなよこんな大事なもん」
このリモコンを誰かに拾われるだけで誰でも魔界に行けてしまうのだ。保管には細心の注意を払ってもらわないと困る。
「それはそうなんですけどね。あっ、樹さんの家ですよほら!」
「早かったな家に着くの」
そんな話をしている間に自宅についてしまったらしい。最短経路を計算したとか何とかで行きよりも早く着いた印象がある。
「さあ、粽を食べましょう! 早く早く!」
彼女は走って玄関前まで先に行ってしまう。
「お前今日食べすぎだろ!」
俺も突っ込みながら後を追う。かくして俺たちの最初の散歩は幕を閉じたのであった。