グランからの手紙
「……それで、何が必要なんだよ?」
やや不機嫌そうに聞くケン。まあ自分の意見は聞いてすらもらえなかったので、当然と言えば当然かもしれない。
「……ああ、君は別に手伝わなくてもいいわよ。それこそフラフラしてくるといいわ」
マーラさんはそう冷たくケンに返す。
「……あのなあ、俺はわざわざ休日に契約者の桜に魔界のことを教えるために外出してるんだぞ?」
「あら、それは悪かったわね。じゃあ私がその役目も引き継ぐから、あなたはどうぞここから立ち去ってくれるかしら?」
有無を言わさぬ口調だった。どうやらマーラさんは女性好きで男性嫌いのようだ。
「……分かったよ。俺だってわざわざあんたと行動なんかしたくねーしな」
ケンは翼を広げる。
「じゃ、頑張れよ桜。俺は用無しらしいからな」
そう言ったケンは飛び立ってしまった。
「あっ、ちょっとケン!」
私の言葉は届かぬまま、ケンはその場から立ち去ってしまった。
「さて……。あの悪魔見習いは追い払った訳だけど」
マーラさんはそう言って私に向き直った。
「あの、マーラさんでしたっけ? いくら何でもあの言い方は……」
「ごめんね。別にあの子に変な恨みがある訳じゃないのよ。確かに私は男より女の子の方が好きなんだけど、今回追い払ったのは別の理由があるの」
事情を簡単に説明してしまうところを見ると、どうやら彼女の言うことに嘘はなさそうだ。
「あなたに言っておかなきゃいけないことがあってね。さっき用事があるって言ったけど、その半分はあなたなのよ」
マーラさんはそんな言葉を私にかけてきた。
「私……ですか?」
意外な言葉に私は首を傾げる。
「ええ。ここにいるのは調べて分かってたから、あなたの方を先に片付けることにしたのよ。でも、用事を済ませるにはあの悪魔見習いが邪魔だったからああいう態度を取らせてもらったの。気を悪くしたらごめんなさいね」
そう言うと、マーラさんは胸元から1枚の紙を取り出す。
「これは……?」
「グランからの手紙よ。あなたに。ケンには見られないようにってことで頼まれたの」
グランというのは確かケンの直属の悪魔だったはずだ。そう思った私はそれを受け取り、その手紙を読み始める。そこにはおおよそ次のようなことが書かれてあった。
(突然このようなお手紙を差し上げることになってしまって申し訳ない。わしはグラン・スナイデルという怠惰の悪魔である。ケンから話くらいは聞いているだろう。さて、お前に1つ言っておかねばならないことがある。今ケンは存在を消滅しかねないほどの危機に直面している。理由はお前も分かっていると思うが、奴が願いを叶えないからだ。だが、そのもっと根本的な理由はお前がケンに願いを願わないからだ、とも考えておる。わしもむざむざケンを消滅の危機にさらしたくはない。できればわしが人間界に出向く前にお前にある程度この問題を解決して欲しいのだ。もし夏休みになってもこの問題が解決されないようであれば、わしも少し考えねばならぬ。その辺りをよく考えて今後生活するようにしてほしい)
「……消滅、ですか?」
「ええ。お姉さま……ミルダから聞いたんだけど、あなたもサラちゃんの契約者と同じように、願いを叶えようとはしなかった契約者らしいじゃない。でも、もちろん消滅の危機にさらされるのはサラちゃんだけじゃない。あなたの契約したケンだって例外じゃないの。それを重く見たグランは私に依頼料を払ってまで人間界に手紙を届けるように頼んだのよ」
そこで私は樹君が以前に教えてくれたことを思い出す。あの話はサラさんだけではなく、悪魔見習い全てに関係のある話だったのだ。
「と言っても、消滅のルールそのものは重すぎるんじゃないかって悪魔たちの間で見直しが始まってるみたいなんだけどね」
「そうなんですか?」
「ええ。あ、これは他の人に言っちゃダメよ? オフレコねオフレコ」
慌てて口を閉じるマーラさん。この人は本当に情報屋なのだろうか。
「ただ、仮に見直しが始まっているとしても、そのルールが今回から適応されるとは限らないし、魔界のルールだってそう簡単に変えられるものじゃない。だから、あなたに忠告をしに来たのよ。このままだとあなたの契約した悪魔見習いは消えるわよ、ってね」
彼女はそう言う。お金をもらった後は半分慈善事業だったのだろう。そこまでしてくれたマーラさんに私は感謝した。
「私の話はそれでおしまい。……さて、じゃあそう言う堅苦しい話はここで終わりにして、お姉さんとデートしない? もう片方の用事を今から済ませないといけないのよ」
「あの、そんな気分じゃ……」
私は沈んだ気分のままそう断ろうとする。確かにありがたい話ではあったが、それとこれとはまた話は別だ。
「一応お姉さんもここで悪魔見習いしてた時期があったの。手伝ってくれるならその時の話をしてあげてもいいわよ。一応ケンからあなたを取っちゃったわけだしね。私は女の子ならみんなの味方だから」
ウインクするマーラさん。
「え、えっと、じゃあ、お願いしてもいいですか?」
私はその言葉に少しだけ目を輝かせながら聞く。せっかくならマーラさんの話をもう少ししっかりと聞いてみたいと考えたからだ。もしかしたらケンのことも参考にできることがあるかもしれない。
「もっちろん。じゃあ、行きましょうか。コウモリを5匹とトカゲを7匹捕まえないといけないのよ」
「……あの、それ何に使うんですか」
驚くべき材料を提示してきたマーラさんに私は若干引き気味に尋ねる。
「いや、何でも惚れ薬を作るのに必要らしいわよ。私のお得意さんの魔女からの依頼だから材料はなかったんだけど断るわけにもいかなくて」
「へー……」
魔女が惚れ薬を頼むというのもなかなかに面白い話だが、その材料が人間界にあるというのも驚きだった。
「そういう訳だからよろしくね」
「は、はい」
私は頷く。ケンには謝らなくてはいけないが、どうやら帰るのは当分先になりそうだった。
 




