ケンの正体
(……まずいことになったな)
ケン・ゾークラスは近づいて来ようとするジョー・マクロイドから一定の距離を保ちながらそんなことを考える。確かにケンの能力は回復だが、回復する間もなく意識を刈り取られてしまっては元も子もない。そして、今のケンにもある秘密があった。
「……じれったいやつだな」
ジョーは面倒になったのか、黒い翼を広げる。
(翼……!)
ケンも同様に翼を広げる。
「……なぜそうまでして逃げる必要がある。そもそもお前もこの姿になった方が格段に身体能力は上がるはずだ。ここは力の制限された人間界ではなく、互いに全力を出せる魔界。お前が人間の姿のまま戦う理由が分からん」
「意味なんか……ねーよ!」
ケンは高速移動をしてジョーを攪乱しながら徐々に間合いを詰めていく。
「まったく、気に食わぬ奴だ。ならば私も全力でいくとしよう。翔」
「勝手にしていいよ。こいつ1人なら僕までここにいる意味はない。巻き添え食らわないようにここから離れておくよ」
翔は入り口付近まで急いで歩くと、ドアを開けて立ち去った。
「……」
「……さて、翔はいなくなったぞ。そろそろお前も正体を現したらどうだ?」
追い詰められたように見えたケンだったが、翔がいなくなった後、ジョーは翼を閉じてしまった。
「……どういうつもりだよ」
「言っただろう、全力を出すと。だが、それは相手が万全の状態であった場合の話だ。だから、私はまずお前の正体を暴くことにした」
(……まさか、こいつ)
ケンはひきつった顔をする。
「そもそも、お前は怠惰の悪魔見習い、能力は回復のはずだ。だが、今のお前は疲労の色が全く消えていない。むしろ動くスピードが若干落ちているほどだ。最初はお前が手を抜いているとも考えたが、だとしても私の攻撃を避け続けるほどのスピードを長時間維持できるとは考えにくい。だから私は別の可能性を考えた」
ジョーは何かの答え合わせをするように発言する。
「別の可能性……だと?」
「そうだ。例えば、今のお前が回復能力を使用できない状態にあるとかな」
(そこまで見破られちまったか……)
黙ったまま何も答えないケン。
「どうやらその様子だと図星のようだな。もっと言うと、私はお前の正体も何となく分かっている」
「俺の正体……」
「よく考えれば分かることだったが、ここからお前たちがいたところまでは相当な距離がある。この速さで来るためには一度も迷わずに来ることが必要だろう。だが、怠惰の悪魔見習いにそのような能力は存在しない。ケンというやつが驚くほど勘のいい奴ならば話は別だが、そんな不確定な要素よりももっと簡単にこの問題が解決できる方法がある」
そこでジョーは一呼吸置く。
「お前が別の悪魔見習いであるという可能性だよ。そして、その可能性を考えるのなら、可能性は2つだ。1つはお前が他人そっくりに化けられる変身の能力を使える色欲の悪魔見習いだということ。もう1つは自分の指定した対象をどんな場所にいても監視することができる嫉妬の悪魔見習いだということだ。分からないのはお前がどちらの能力も使用できる可能性があることだが……。どうだ、ここまで言われてもまだ自分の正体を言う気にはならないか?」
「……そこまで分かってるんだったら隠す必要もない、か」
ケンはその瞬間変身を解く。そこから現れたのはアリー・サンタモニカだった。
「お前はさっき森にいた悪魔見習いか……。1つ聞こう。お前の能力は何だ?」
「私はちょっと特殊。色欲の悪魔見習いであると同時に嫉妬の悪魔見習いでもある」
アリーは人間の変身も解き、黒い悪魔の姿になる。この姿になるのはケンと戦った時以来なので2度目だろう。
「ほう、2つの能力を同時に使用できるのか。相当な苦労をしたのだろうな」
ジョーは再び翼を広げる。アリーを本気で倒すべき敵と認めたのだ。
「頑張りを認めてくれるのは嬉しいけど、あなたは私の敵だから」
「それはそうだな」
次の瞬間、2人の悪魔見習いは再び拳を交えることとなった。
「ところで、沙良……」
時は少しだけ前、翔が出て行ってからすぐの頃に遡る。
「何ですか樹さん」
俺、町村樹の呼びかけに高梨沙良ことサラ・ファルホークは不思議そうな顔をして聞く。
「この手錠、お前の能力でどうにかできないのか?」
「どうにか……と言いますと?」
「鍵を開けたりは無理にしても、壁と手錠を引きはがすとかすればここから逃げられるんじゃないかってことだよ」
「なるほど。そういうことですか。それならできるかもしれません」
沙良は頷く。
「……よし。それじゃ、俺の頼みってことでやってくれ。俺は一刻も早くここから出たい」
「分かりました。少しだけ、目を瞑っててくださいね」
「……目?」
俺は首を傾げる。
「能力を使ってるところをあんまり見られたくないんですよ」
「ああ、そういうことか。それなら」
俺は言う通りに目を閉じる。
「では行きますね」
次の瞬間、何かものすごい音と共に、俺の手首は軽くなっていた。
「お前、何したんだ……?」
俺は目を開くと、困惑したように沙良を見る。もちろん鍵を開けたわけではない。何が起きたか分からないうちに、俺の手首と沙良の手首を拘束していた手錠はまるでこの場になかったかのように跡形もなく消え去っていた。想像以上の出来である。
「企業秘密です。で、この後どうするんですか?」
「……まあいいや。いいか、それじゃこれから作戦を説明するから頼むぜ沙良」
俺は翔に殴られた頭で意識が朦朧としながらも、沙良に説明を始めた。




