沙良の初仕事
「さて、と」
気合を入れ終わった様子の彼女はポケットの中からまたあのリモコンを取り出した。
「……」
俺は無言で彼女を見る。まさか、という目だ。
「違いますよ! このリモコンは衣装チェンジに使うんです。さすがに願いを叶えるとことまで機械化はされてませんよ」
彼女もその視線の意味を感じ取ったのか、慌てて否定する。
「衣装チェンジって……。お前、その格好じゃ願い叶えられないのか?」
「別にそういう訳じゃないですよ。ただ、こういうのって雰囲気が大事だと思うんですよね。なので、いつもの服に着替えておこうかと思いまして」
「雰囲気ねえ……」
確かにゴシックカラーの女の子が願いを叶えるという図はそれはそれで不気味な気もするが、別にそこまでこだわらなくてもいいような気もする。
「まあ単純に私の気分の問題なので気にしないでください」
そう言った彼女は本日4度目のボタンを押した。すると、見慣れたいつものゴスロリの格好に戻った。
「確かにその格好の方が落ち着くかもな」
「でしょう?」
不思議なもので、見慣れてしまったその格好を再び見た時にものすごい安心感がこみ上げてきたことを否定できなかった。
「それじゃあ行きますか」
彼女は指を鳴らす。その刹那だった。
「お、重っ!」
手に持っていた財布にずっしりと10円玉が入ったのが確認できた。
「私が願いを叶える時には指鳴らし型なんですよ」
彼女は突然そんなことを言い出す。
「指鳴らし型? 他にも種類があるのか?」
「ええ。まあこれには個人差があるんですけど、どうやって自分の魔力を放出させるか、というのにも適性があるらしく、悪魔学校に入学したときにそういうのも全部検査するんです」
「で、お前は指鳴らし型だったと」
「そういうことですね。他には指差し型と眼力型、それからハンドパワー型がありました」
「最後のは何だよ……」
おそらく両手を前に突き出して念じるとかそんな類のものなのだろうが、悪魔が真剣にそんなことをやっている様子を思い出すと思わず笑いが込み上げてきた。
「一応私たちも真剣なんですからね」
「それは分かってるって」
それから少し経って笑いを抑えることができると、今度は1つ新たな疑問が俺の頭に浮かんできた。
「なあ、そういやお前以外にも悪魔って来てたりするのか?」
「ああ、説明し忘れてましたね。私以外にも悪魔はあと3人こっちの世界に来ています。先ほど悪魔学校の話を少しだけしましたけど、その中で優秀な4人だけがこっちの世界で試験を受けることができるんです」
「……お前優秀な方に入ってたんだな」
俺は心底意外そうな目で彼女を見る。これだけ本来の仕事から脱線している現状を見ていると、彼女が優秀であるというのは驚くべきことだろう。
「何と失礼な! 先ほどちゃんと願いは叶えたじゃないですか!」
確かに叶えた願いの大きさはともかくきちんと願いが叶っているところを見ると、どうやら彼女の発言は嘘ではないのだろう。
「もしかしてさっきの願いの叶え方によってクラスを振り分けたりして、そこで優秀なやつを1人ずつ順番に送り込んでるのか?」
「よく分かりましたね。まだ説明してないのに頭の回転が速すぎて驚きます」
彼女は感心したような声を上げる。ということは、こいつは指鳴らし型の今年度トップということになるのだろう。
「でもお前がトップねえ……」
「ちょっとそれどういうことですか私にケンカ売ってるんですか?」
白い目で見てくる彼女。俺は慌てて話を切り替えることにした。
「あ、そういえばすごく優秀なお前にもう1つ願いを叶えてほしいんだけど」
「何ですか?」
ケロッとした様子で俺に話しかけてくる彼女。優秀という単語を出しただけで機嫌を直したらしい。ちょろい奴だ。
「この10円玉を100円玉に換金できたりもするのか?」
「ええまあできますけど……。何でそんなことを?」
「いやー、お財布の中身が重くてな。軽くしたいなーと思って」
「何で10円にしたんですか。まあそういうことならいいですよ」
彼女は首を傾げながらもう1度指を鳴らした。財布の中身が銅から銀一色に変わる。財布の中身が一気に軽くなった。
「中身は1000円くらいか。まあこんなもんだろうな。んじゃ、ちょっと待ってろ」
「……? はい」
彼女が不思議そうに返事をしたのを確認すると、俺はある場所へ向かった。