希望の光 救出作戦の開始!
本日更新分だけ諸事情によりいつもより少しだけ長いです。
のんびり読み進めていただけたら幸いです。
「ゲホッ!」
「だ、大丈夫ですか樹さん!」
翔がいなくなると同時に俺は血を吐き出した。沙良が心配そうに俺を覗き込む。本当は今すぐにでも近寄りたいのだろうが、手錠のせいでそれもままならない。
「俺は……、大丈夫だ」
「どうして何も反撃しなかったんですか?」
沙良はこう質問する。
「反撃する、理由が、ねーからな……。俺が、あいつの道を、踏み外させちまったことは、理由は、どうあれ、確かなんだ……。もし、俺が、願いを、叶えてくれって、頼めるのなら、あの時に、戻してくれって、頼むだろうよ。翔のためにもな……」
「樹さん」
沙良は俺の背中で震えていた。そして俺の手をギュッと握る。
「確かにあなたの対応はマニュアル通りではあったとしても正解ではなかったのかもしれません。でも、他人のために自分の過去にいつまでも縛られるなんてそんなの、辛すぎるじゃないですか」
「でも、結局俺は方法を間違えて、翔を傷つけた。それは事実なんだ」
その俺の言葉に沙良がどう思ったのかは分からない。だが、彼女は俺の手を強く握りしめる。
「だったら、今度は後悔しないようにちゃんと伝えましょう。昔を変えることはできなくても、今言いたいことが言えたらそれでいいじゃないですか。それで樹さんが納得できるなら、それでいいと思うんです」
その言葉に俺はハッとする。
(そうだ。確かに昔のことはもう元には戻せない。でも、今なら変えられる)
おそらく俺は今まで昔に囚われすぎていたのだ。だから、少なからず沙良の協力をすることにもあまり肯定的ではいられなかったのだろう。この考えをすぐに変えることはできないかもしれないが、少しずつでも変えることができたら、きっと俺は昔のトラウマも乗り越えられるはずだ。
「ありがとな、沙良……。目が、覚めたよ。お前の、おかげだ」
俺の口からは自然とそんな声が出ていた。
「私だって樹さんの契約者なんですからね。もっと頼ってくれていいんですよ」
彼女は涙声でそう答える。
「ああ、ありがとう。お前が、俺の、契約悪魔見習いで、本当に良かった」
「そう言っていただけたら、悪魔冥利に尽きますね」
沙良の姿は俺からは見えなかったが、きっと彼女は涙をこらえながら笑っていたと思う。俺の手に伝わる彼女の温もりはとても温かかった。
「ところで、沙良。さっき、あいつ、侵入者が来たって、言ってたよな?」
ひとしきり話を終えた後、俺はふと思い出したように聞く。
「はい、それが何か……」
「俺が、魔界に、来られたのは、あいつらに、捕まったからじゃねー。お前の母親とか、他の人の、助けがあっての、ことだ。侵入者が来たって、連絡があったってことは、誰かが、ここを、突き止めたんだろうぜ」
俺は声を絞り出すようにそう言う。
「突き止めたって、じゃあ」
「ああ。きっとここに、もうすぐ助けが来るはずだ」
俺の目にも少しだけ、希望の色が宿り始めた。
「で、侵入者は何人なのジョー」
一方、部屋を出た翔は入り口で待っていたジョーにそう聞く。
「侵入者は1人だ」
「……1人? まさか、たった1人で乗り込んできたって言うの?」
「ああ。そうなるな」
ジョーは頷く。
「それで、誰が来たって言うのさ?」
「来たのは洗脳を解除できる怠惰の悪魔見習いだ」
「洗脳を解除できる悪魔見習い……まさかさっきのあいつが? 場所が見つかるにしても早すぎやしないか?」
翔は驚く。いくら何でも場所がばれるのが早すぎると考えたのだ。
「私もそこが気にかかっている。いくら何でも彼1人でこの場所をすぐに見つけることができるとは考えにくい。まして今1人しかいないということは、もしかしたら何か後をつけられるような細工をされたのかもしれないし、後から仲間が来る可能性もある」
「……それは早めに潰しておかないとまずそうだね」
翔は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「最悪君の能力を使うことにもなるかもしれない。よろしく頼むよ」
「ああ。ここだけは絶対に死守せねばならない。私の目的のためにも」
互いの目的の一致、それがこの2人の行動理念である。たとえそれが本意にそぐわないものだとしても。
一方、同刻の別の場所では。
「ようやくついたか」
ケンが樹たちが囚われている館の前に立っていた。敵を確認しながら進んだが、どうやら館の近辺に敵はいないらしいことが分かったので、特に遠回りすることもなくまっすぐここまでたどり着いたのである。
「しかし、ここに監視カメラがあるってことは、俺がここにいることはばれちまったって考えた方がいいだろうな……」
洋風の館はいかにもお金持ちが住んでいそうな広々とした空間を保っていて、一見ここから囚われの身となっている4人をすぐに探すことは不可能に見えた。少し考えたケンはそれなら、と作戦を変更する。
「まずは麻梨乃と桜の救出だな」
樹たちがここにいることも分かっているが、まずは2人よりも先に自分たちの契約者を助け出すことを先決にすることにした。
「麻梨乃たちがいるのはここから少し奥に行って廊下を歩いた3部屋先の右の部屋。サラたちがいるのはそこからさらに2つ先の廊下を左に曲がった部屋。どっちを先に助けに行くかは俺でも分かる」
行動指針を決めたケンは走り出す。ここからは時間との戦いである。
「という作戦なのじゃ。もっとも、作戦と呼べるほどのものではないがの」
一方、空間移動中のミルダとアリーは計画について説明を受けていた。彼女によると、今マーラに頼んで現実世界から7人の悪魔たちが魔界に呼び戻してきているところらしく、全員が揃い次第アリーの嫉妬の能力を使うことでケンを回収しながらサラたちを助けに行こうという計画らしい。
「な、なるほど……」
そう頷く一方でアリーはとても焦っていた。
(ちょっと面倒なことになったな……)
というのも、今のアリーにはある秘密があるのだ。しかし、ここでそれをばらしていいものか、とも考える。そもそもミルダの立てたこの計画にはある致命的な穴があるのだ。
(どうするか……)
少し考えたアリーは、やはり正直に言うことにした。これ以上隠していてはおそらくこの先さらに面倒なことになってしまうだろうと考えたのである。
「すみませんミルダ様。お話があります」
「話? 何かの?」
ミルダはアリーの真剣な表情を見て、そう聞くのだった。
「実は……」
「よし、ついた」
数分後、大きく拓けた踊り場を通り、廊下を慎重に抜けると、ケンは桜と麻梨乃が囚われている部屋に辿り着いた。しかし、鍵がかかっていて開けることができない。
「仕方ねーな」
ケンは自分の指先を鍵穴の形に変えると、ピッキングをするように扉を開ける。このくらいなら朝飯前だ。
「麻梨乃と桜はっと……」
扉を開けるとそこには倒れていた桜と麻梨乃がいた。どうやら気を失っているらしい。
「今助けるからな」
ケンは2人を抱え、後ろを振り向いた。
「……君だったのか。この館に侵入した奴っていうのは」
だが、そう上手くはいかなかった。ケンが後ろを振り向いた時、そこには2つの人影があったのだ。
「……成島翔、それにジョー・マクロイド!」
「君だけしか来ていない上にここまで一度も迷わず来ているって言うのも気になるところだけど、洗脳の能力を解除できる君がいるのはこの上なく面倒だ。その辺りは後で考えるとして、悪いけど君もここで捕まえさせてもらうよ」
翔は無言でジョーに指示を出す。開戦の火蓋が切って落とされた。




