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樹の罪 翔の罪

「あること、ですか?」

 沙良は俺のぼかした言い方に首を傾げる。

「ああ。何だと思う?」

「……遊びにでも誘われて断ったとかですか?」

 沙良は少し考え、そんな答えを返してくる。彼女の回答はおそらく普通の人間なら誰もが考えることだろう。

「まあ、あいつにとってはそうだったのかもな」

 今考えてみると、おそらく翔にとってそれは遊びだったのだろう。だからこそ、もっとしっかりあいつを止めておくべきだったことが悔やまれるのだ。

「……どういうことですか?」

「あいつが俺を誘ったのは万引きだよ」

 回りくどい言い方は止め、俺は沙良に真実を話す。

「えっ? 万引きって……あのお店からお金を払わずに商品だけを持って行ってしまうあの万引きですか?」

「そうだ。その万引きだよ」

 俺はそう言うと、昔何があったのかを沙良に話し始めた。



「ねえ樹、君も一緒にやろうよ、万引き」

「俺はやらねーって言ってんだろ」

 数年前、俺がまだ中学生だった頃、翔はそう言って学校帰りに俺を誘ってきたんだ。俺は当然断ったが、その返事が気に食わなかったのか、翔は俺にこう言ってきた。

「僕たち、友達でしょ?それとも何? 樹は僕のことが嫌いなのかい?」

 俺は俺でこいつの言い方に少しイライラしてはいたんだが、当時の俺にはこいつ以上の友人がいたわけでもなかったし、他に友人を作ろうとも思ってなかった。だから、こいつの提案を断りきれずに最初は首を縦に振っちまったんだ。まあ、その時の俺の顔が不満そうな顔だったのはあいつからも見て取れたんだろうな、

「どうしてそんな顔するの? 僕は樹が一緒にやってくれるって聞いてこんなに嬉しいって言うのにさ」

なんて言ってきやがった。俺はその場じゃ苦笑いするだけだったけど、そんなこんなで俺はこいつと一緒に万引きをする約束をしちまったって訳だ。



「じゃあ、結果的に樹さんも犯罪の片棒を担いだってことですか?」

「いや、ところがそう単純な話じゃねーんだ。その後俺は直前になって翔にやっぱりやめるって断ることにしたんだよ」

「えっ? じゃあどうしてこんなことになってるんですか?」

 沙良は不思議そうな目をする。

「そしたらあいつが言った言葉がな……」

 俺は話の続きをし始めた。



「やめるって言うの?」

「……ああ」

 当日、実行する予定の店の目の前で俺は言いにくそうに翔の方を見る。

「……分かった。もういいよ、君なんか友達じゃない」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 そう言って立ち去ろうとする樹を俺は慌てて呼び止めた。

「何だい? 一緒にやってくれないなら君は友達なんかじゃない。僕の目の前から消えてくれよ。目障りだ」

「きょ、今日じゃなくて別の日にしないか? ほ、ほら、明日とかさ」

 翔の表情の変化を読み取った俺は、そう提案することにした。

「……明日? 怖気づいたのかい樹? こないだも言ったけど、今日が一番都合のいい日なんだ。これより後だとまたしばらく日を待たなきゃいけない。今日をおいて他に一番いい日がないんだよ」

「……そうだったな。じゃあ、ちょっとトイレに行ってきてもいいか? 覚悟を決めたいんだ」

「そういうことなら早く行ってきなよ。僕はここでのんびり待ってるからさ」

 翔はそう言っていつもの笑顔を見せたんだ。



「で、結局万引きしたんですか樹さん」

 話が先に進まないことに苛立ちを覚えたのか、沙良は痺れを切らし俺の方を睨む。

「してねーよ。してたらこんなことになってねーだろうが」

「……それもそうですね」

 沙良はあっという間に納得する。

「そこから先は僕が説明するよ」

 とその時、重く閉ざされていた扉が低い地響きを立てて開く。

「翔……」

現れたのは翔だった。

「樹はトイレに行った後、携帯でこっそり店のやつに今日万引きに来るやつがいるって連絡したんだ。そのせいで僕だけが捕まることになったのさ」

「翔が万引きしようとしてた店は俺の知り合いが勤めてる店でな。その日に知り合いがたまたま休みを取ってたから、そいつ経由で店に連絡を入れたんだよ。その結果……」



「これはどういうことだ樹!」

 商品を持ち、店員に取り押さえられた翔が叫ぶ。俺は店員に報告していたこともあり、今回は補導となることもなく済んだのだが、翔は商品を持った現行犯であり、しっかりと店員に腕を掴まれてしまっていたのだ。

「まさか、君が僕を騙したのか……?」

 信じられないと言った目で樹は俺を見るが、俺は目を合わせることができず、そのままそらしてしまう。

「分かった。君は僕を裏切ったんだね樹。もういいよ、僕は君を許さないからな」

 店の奥に連れられた翔がそんな捨て台詞を残したのを聞きながら、俺は翔を止められなかったことを後悔していた。



「まあ、これが事の顛末さ。おかげで僕はその後も高校受験にも失敗するし、親には見捨てられるしで散々な目にあったよ。だからこうして今こんなに自由にやっていられるって言うのもあるんだけどね」

 そう言った翔は俺の襟首をつかむ。

「ねえ、どうだい。ここに縛り付けられる気分は!」

 そう言って翔は俺の頬を一発殴る。

「樹さん!」

「何とか言ってみなよ樹!」

 沙良の心配をよそに、翔は尚も俺に暴力を加えてくる。一方の俺は反撃をすることもせず、ただ翔に殴られ続けるだけだった。

「何だよ、少しは抵抗してみなよ! このまま僕が君を殺しちゃうかもしれないよ!」

 だが、翔が今にも俺の意識を刈り取ろうとしたその時だった。

「翔、侵入者だ。この城に侵入者がいる」

 先ほど俺の意識を奪い取ったジョーと呼ばれる悪魔見習いの声が響いた。

「……侵入者だって?」

 翔の手が止まる。

「仕方ない、そっちを先に片付けるか」

 翔はそう言うと、くるりと踵を返す。

「また来るよ樹。それに、契約悪魔見習いの君もね」

 そう言い終わる頃には翔は部屋から出て、扉は閉まっていた。

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