悪魔見習いたちの決断
「……ケン、お願いがある」
樹が連れ去られて数分後、アリーはケンにそう話しかけてきた。
「何だよ改まって」
ケンは不思議そうな顔をする。
「少しだけ耳を貸して」
アリーはひそひそとケンに耳打ちする。
「……お前、それ正気かよ。確かにできないことはねーけど……」
「このくらいしないと多分さっきの悪魔見習いは欺けない。今お願いできるのはケンしかいないの」
「……まあいいか。お前とはこっちに来てからいろいろ行動してるしな。引き受けてやるよ」
ケンはアリーのその言葉に少し考え、頷いた。
「それで、そなたたちは何もできずにここで指をくわえているしかなかったと」
そんなアリーとケンのやり取りから少し経って、人間たちを送り届けて戻ってきたミルダは、ケンとアリーの2人と合流するなり事情を聞くこととなった。その第一声がこれである。
「……はい」
「申し訳ございませんミルダ様」
「……人間たちの命を守ることを最優先にしたのじゃ。そなたたちを咎めることは何もない。ただ、樹がいなくなったうえに、敵のアジトの場所が分からぬというのはちときついのう」
ミルダは少し考え込む。
「それでは、作戦を変えるとしようかの。一度妾たちは森から出るとしよう」
「一度退くということですか?」
アリーは聞く。
「結果的にはそうなるの。とはいえ、戻るのにはきちんと理由がある。戻りながら説明するつもりだからの」
歩き始めたアリーとミルダだったが、ケンは動かなかった。
「どうしたのじゃケン?」
「……俺はこのままここでタツッキーたちを探します」
「ケン、何を言って……」
「俺は本気だぜアリー」
アリーの言葉を遮り、ケンは自分の意見を伝えた。
「……この森を当てもなく彷徨うことがどれほど危険なのかはそなたも分かっておるはずではないかの?」
ミルダはそんな厳しい声をかける。
「桜までさらったあいつらを許すわけにはいきません」
「そんな言葉で、そなたは自分の命まで投げ捨ててしまうつもりかの?」
ミルダはそう言う。だが、ケンの目に迷いはない。ミルダの言葉も届く様子もなかった。
「……まあ、それでそなたの気が済むのならそうするがよい。では行くとするかのアリーよ」
ミルダは空間を出現させると、アリーにそう声をかける。
「は、はい」
アリーはケンを止めなかったミルダに戸惑いながらも、彼女の後について行くことにした。
「良かったんですか?」
空間を歩きながらアリーはミルダにそう尋ねる。
「ケンのことかの?」
「はい」
「まあ怠惰の悪魔見習いとしては失格じゃが、少なくとも友人を助けたいという想いに関しては合格と言えるじゃろう。ただし、あやつがあの森で迷わぬ保証はないがの」
「じゃあどうして……」
止めなかったのだ、と言いかけたアリーの口をミルダはふさいだ。
「あの様子では止めてどうにかなるものでもないじゃろう。それに、森の中にいるならそなたの監視の能力も使えるし、心配はいらぬと思うての」
「そ、そうですね。ところで、さっき言ってた作戦っていうのは?」
アリーは焦ったように話題を変える。
「おお、そうじゃった。では、これから妾たちが執る作戦の説明を始めるからの。よく聞くのじゃぞ」
アリーは頷いた。
「……さて、ここからどうするかって言ったら、1つしかねーよな」
ケンはそう言った直後、ぐにゃりと姿を変える。
「ちょっとずつ時間を区切って探せば問題ねーだろ。それに、変化の能力の真骨頂はただ化けることだけにある訳じゃねーからな」
ケンは歩き出す。その目に宿るのはハッピーエンドだけだ。
「…た………ん、つ……さん、樹さん!」
俺は誰かの声で目を覚ます。
「沙良……なのか?」
隣でずっと俺に呼びかけていたのは沙良だった。俺は望む形ではないものの、沙良と再会することができたのだった。もっとも、俺も沙良も鎖に繋がれていて、自由に動ける訳ではないようだったが。
「樹さん、あなたも捕まったんですか?」
「まあな。お前を助けに行く途中で俺の知り合いにやられたみたいだ」
意識がはっきりしてきた俺は真横にいる沙良にそう答えた。
「感動の再会ってやつかい? 泣けるねえ樹」
俺が目覚めたのを確認するかのように、天井から声が響く。
「その声は翔か? お前こんなことして何が目的なんだよ」
「僕の目的はただ1つ、君に復讐することだけさ。まさか僕の人生を台無しにした事、忘れたわけじゃないだろ?」
翔は俺にそう言ってくる。
「お前、あれは自分のせいで……」
「そういうことは問題じゃないんだ。君のせいで僕の人生は台無しになった。この事実だけが問題なんだよ」
「……あのー、話に割り込むようで悪いんですけど、いったい二人はどんな関係なんですか?」
一人話から置いて行かれている沙良がおずおずと聞いてくる。
「君も聞きたいのかい? 僕と樹の関係を」
「こいつは昔の友達だよ。あることがきっかけで絶交したけどな」
俺は忌々しい記憶を思い出し、露骨に嫌悪感を示した。
「まあそういうことだね。気になるのなら樹から聞くといいよ。僕たち2人に一体何があったのかを」
翔の声はそこで途切れる。どうやら通信を切断したということらしい。
「樹さん、良ければ教えてもらえませんか。あなたたちに何があったのかを」
数秒の間の後、沙良はこう聞いてくる。
「……まあいいか。こうなっちまったら素直に言った方がいいだろうしな」
俺は少し考えると、沙良にこう切り出した。
「俺と翔はもともとすごく仲のいい友達だったんだ。ただ、あいつがやろうって言いだしたことを俺が断ったのが原因で、あいつと俺の仲は悪くなったんだよ」




