翔の思惑 8人の妨害
「……本当にこんなところに沙良はいるんですか?」
俺、町村樹は情報をくれたマーラ・グリタニアにそう尋ねる。彼女が案内してくれたのは一本吊り橋があるだけの深い森だったからだ。沙良の母親である色欲の悪魔、ミルダ・ファルホークの空間移動能力を使い、5人はここまでやってきたのだった。
「この奥に彼女がいるのは間違いないわね。私が時間をかけてようやく見つけ出せたのがここまでっていうのがすごく悔しいけど、あとはあなたたちに任せるしかないみたい。この森の中は圏外だし、私が情報を伝える時間も惜しいだろうから」
「いや、十分じゃマーラ。ここまで場所を絞り込むことができれば妾たちで乗り込んでサラたちをさらった犯人を捕まえるだけで良いのじゃからな」
「あーんお姉さま優しいですぅ!」
ミルダの褒め言葉にマーラは飛びついた。
「これ、抱き着こうとするでない! 離れんか!」
「……何かこのやり取りももう見られないと思うと寂しいものがあるな」
「こっそり何言ってるのケン。やられる私たちの身にもなって」
怠惰の悪魔見習いのケン・ゾークラスの発言に色欲と嫉妬の悪魔見習いのアリー・サンタモニカは心底嫌そうな顔をする。
「わ、悪かったって」
「さて、町村樹君、だったわね?」
「は、はい」
そんなやり取りの中、マーラに唐突に指名された俺は言葉に詰まりながら返事をする。
「これを君に渡しておくわ」
彼女が俺に渡してきたのは名刺だった。
「えっと、これは……?」
「まあ、君を気に入った証とでも言っとこうかな。君が何か情報を欲しくなったら私に連絡してくれれば、いつでも何でも調べてあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
俺は頭を下げた。
「まあ、お姉さまとかアリーちゃんみたいに抱き着いたりはしてあげられないけどねー」
「は、はあ」
俺は困ったような顔で頷く。それをされたら逆に俺の方が困ってしまうからだ。
「さて、それじゃ、私はまた別件の調査があるから、今回はここで。本当はお姉さまともっと一緒に居たいんだけど」
語尾にハートマークでもついているのではないかと思うくらいの甘い言葉で彼女はそう言った。
「妾はさっさと離れたいがの。ところでマーラ。もう1つお使いを頼まれてほしいのじゃが」
「最初の言葉と後半がかみ合ってないんだけど、お姉さまの頼みだからもちろんOK! それで、いったい何?」
するとミルダはマーラに近寄り、こそこそと何かを話す。
「なるほど。そういうことなら任せておいて」
「面倒な役目だとは思うが、よろしく頼むの」
ミルダの言葉を聞くと、マーラはミルダが繋いでいる空間の前に立つ。
「最後にみんな、気を付けてね。それじゃ」
マーラはいつになく厳しい口調でそう言うとミルダの繋いでいた空間を通り、そのままその場を去った。
「それじゃ、行くとするかの」
ミルダが俺たちにそう呼びかける。俺たちはいよいよ敵のアジトを探すこととなった。
「来たみたいだね」
その頃、森の中にある薄暗い建物の中では、沙良に成島翔と名乗った少年が憤怒の悪魔見習いであるジョー・マクロイドにそんな言葉をかけていた。
「翔、今までさらってきた人間たちはどこへ行ったんだ?」
一方のジョーは翔にかみ合わない質問をする。
「ちょっとね」
翔ははっきりしない返事をする。
「翔、君は一体何を考えている?」
ジョーは翔を睨み付ける。
「そうだなあ、強いて言うなら復讐かな。僕の人生は樹のせいで台無しになった。だからあいつに屈辱を味わわせる。そのためにあいつの知り合いを誘拐してきたんだ。でもその前に、あいつらの戦力を確かめたいんだ」
翔はそう笑った。そこでジョーは気付く。
「まさか、今まで誘拐してきた人間たちが消えたのは……」
「そうさ。僕が使うために別の場所に移動させたんだ。君の目的のためにこれまで誘拐してきた人間たちは、暴食の悪魔見習いを捕らえることができたから必要がなくなっただろ?」
「翔! 君ってやつは!」
翔のその言葉に、ジョーは翔の襟首を掴んだ。
「いいじゃないか。どうせみんな人間界に帰すんだ。過程はどうであれ、結果が同じならそれでいいだろ? 第一、君は僕の行動を咎められるのかな?」
「くっ……」
言い返したいのはやまやまだったが、自分のしていることも翔と大して変わらないことに気付き、ジョーは返す言葉を失った。
「さて、と。君も準備してよジョー。君の力も今回は必要なんだから」
翔は一方的にそんな約束を取り付ける。
「楽しみだなあ樹。君の屈辱に歪む顔を拝むことができるって考えただけですごくわくわくするよ」
そして彼は愉悦に満ちた表情を浮かべるのだった。
「にしても薄暗い森だなここ」
俺はそう呟く。
「まあ、お姫様を救いに行くちょっとしたファンタジーだと思えば」
「ファンタジーで3人も知り合いが誘拐されてたまるかっての」
アリーとそんな軽口を叩きながら俺は歩を進める。とその時だった。
「……」
木の陰から人影のようなものが現れた。
「何やつじゃ?」
ミルダが声をかけると、8の影がずらっと横並びに並んだ。男性4人、女性4人ときれいに分かれている。
『我ら、成島翔とジョー・マクロイドを守る者。ここから先を通してはならぬとの主人の命を受け、貴様らを邪魔しにやってきた』
「……なるほど、奴らの差し金って訳かよ」
ケンはひきつった笑みを浮かべ、臨戦態勢を取ろうとする。
「いや、待てケン。様子が変だ。さすがに8人同時に寸分狂わず同じ言葉を話すのはおかしい」
「その意見には妾も賛成じゃな。こやつらの目は死んでおるしの」
ミルダも俺の意見に頷く。
「じゃあ、何なんだよ一体」
「忘れたの? 私たちが追っている憤怒の悪魔見習い、ジョー・マクロイドの固有能力を」
アリーは真剣な顔でケンの方を見る。そこでケンは気付く。
「……洗脳か!」
「おそらくな。どうやって切り抜けるか、のんびり敵が考えさせてくれればいいんだが」
俺たちは思わぬところで足止めを食らうことになったのだった。
 




