曲者! マーラ・グリタニア
「信用……」
俺は繰り返す。
「マーラ、今はそんなことをしている場合では……」
ミルダも説得を試みるが、
「いくらお姉さまが認めていると言っても、ここだけは譲れないわ。何と言っても確かな信頼、確かな安心。それを謳ってるのがこの情報屋マーラなんだから」
「……仕方ないのう。好きにせよ」
説得は無理だと判断したのか、諦めるミルダ。
「さて、このマーラ・グリタニア、基本的に男に情報提供することはないわ。それをするのは基本的によほど信頼できる人からの紹介だけ。今回は紹介がお姉さまだからそこはクリアでいいけど、あなたたちのことを私はよく知らない。だから、1つゲームをしようと思うの。どうかしら?」
「……分かりました」
どのみちここで首を縦に振らないことには話が先に進まないだろう。俺は頷いた。
「いい返事ね。そっちの君は?」
「もちろんやるに決まってんだろ!」
ケンも頷いた。
「決まりね。じゃあ説明するわよ?」
彼女は再びワンピースのポケットの中からコインのようなものを取り出す。
「このコインの表には木、裏には建物のイラストが描いてあるわ。私が投げたコインがどちら向きに落ちるのかを当ててほしいの。手を開いたときに表になっている方が答え。どう、簡単でしょ?」
「なるほど、運試しか。いいぜ」
頷くケン。だが俺は顔をしかめていた。
「ちょっと待ってください」
「あら、どうしたの?」
俺の発言にマーラは意味深な笑みを浮かべる。
「他のゲームにしませんか?」
「あら、このゲームじゃ不満?」
「ええ、まあ。俺、前にそれと同じゲームを見たんですけど、その時にはどちらのコインが出ても外れるっていうイカサマがあったんですよ。マーラさんがそれをするとは思いませんけど、他のゲームに変えていただけないでしょうか?」
俺は精一杯丁寧な言葉遣いで彼女に提案する。隣ではケンが俺を驚いたような顔で見ていた。
「いいわよ。危険回避能力はありそうな子で安心したわ」
彼女はすんなりと俺の提案を受け入れると、袖口から同じコインを落とし、俺たち2人に見せる。
「なっ……」
ケンは言葉を失う。
「まあ、これでスタートラインには立ったってところかしらね。見知らぬ人はまず疑うべし、鉄則として正しいわよ」
そう言うと、マーラは次にアリーとミルダの方を向く。
「それじゃあ、そうねー。今度はお姉さまとアリーちゃんにも参加してもらおうかしら」
「妾たちじゃと?」
意外な展開にミルダは驚きの声を上げる。
「いや、たまにはお姉さまの困った顔も見たいなぁ、なんて」
頬を染めながら身悶えするマーラ。
「マーラ、お主……」
「い、いや、ちゃんとした理由もあるわよ。ほら、お姉さまとアリーちゃんにも参加してもらったら私がイカサマしない証明にもなるでしょ?」
白い目で見つめるミルダにそう答えるマーラ。確かに男の俺たちだけでなく女であり顔見知りである二人が参加するならイカサマする可能性は相当低くなるだろう。俺はミルダの方を向き、アイコンタクトする。
「……樹がそれを望むのなら仕方あるまい。勝手にするがよい」
諦めたようにため息をつくミルダ。
「それじゃあルール説明するわね。あなたたち4人の中で、1人自分が嫌いだなって思う人を選んでちょうだい。一番得票数が多かった人を除いたすべての人に情報を教えてあげるから」
先ほどのミルダへの対応はまるでなかったかのように、彼女は平常心で説明を始めた。
「嫌いな人を選ぶんですか?」
俺はそう聞く。
「ええ。ただし自分に投票するのはダメよ。それができたら全員自分に入れて抜け出そうとするに決まってるからね。それと当然相談もなし。会話くらいならいいけど、自分で決めてもらわないと、お姉さまが困った顔も見られないじゃない?」
いたずらな笑みを浮かべてマーラはそう言う。
「ちなみに残った人には……そうね、人間の君なら元の人間界に戻ってもらって、悪魔見習いの君ならちょうど悪魔の体の一部が必要な薬品があったから、処刑してその餌食になってもらおうかしら。アリーちゃんかお姉さまならそんなことしないで私がたーっぷりかわいがってあ・げ・る・から」
うっとりとした表情を浮かべたマーラにミルダとアリーは背筋に寒気を感じ、ケンは恐怖で震え上がり、俺は棒立ちになってしまう。
「それじゃ、制限時間は3分だから、よく考えて決めてねー」
彼女はそんなルール説明をすると、数歩俺たちの前から後ずさった。どうやらゲームスタートということらしい。
「おい、どうすんだよ……」
ケンは不安そうな目で俺を見る。その理由はこの場にいる全員が思い当たっていた。
「大丈夫だって。お前だけを追い出すようなことはしねーよ」
ケンにはこれまで俺に化けて沙良や桜を騙したりといった前科がある。その上先ほどいとも簡単にマーラのトリックに引っかかっていることを考えると、自分が追い出されないか心配になるのは至極当然のことだろう。
(しかし、かと言って相談なしで全員の票数を合わせるにはどうすればいいんだ?)
このゲームに解答があるとすれば、それは全員が違う人に1票ずつ投票することだけだ。俺は答えがあるのかどうかすら分からないこのゲームの攻略法に頭を悩ませることになったのだった。




