食いしんぼうの悪魔見習い
「わーお魚が空を泳いでます! あれ食べられるんですか?」
「食べる方に何でも考えるんじゃねー!」
空にはためくこいのぼりを見つけた彼女の第一声がそれだった。こないだのことと言い、どうもこいつはこと食事に関しては誰よりも敏感らしい。うっかり彼女の食事を間違って食べたりなんかすると大変なことになりそうだ。
「で、あれって結局何なんですか? 今の反応だと食べられるわけでもなさそうですし……」
「これは端午の節句って言ってな、男の子が生まれてきたことを神に伝えて男の子が健康に過ごせますように、っていうのを願うために飾られたものらしい。元々は登竜門って言葉からの発祥らしいけどな。俺も詳しくはよく分からん」
「へー……。じゃあもしかして女の子バージョンもあるんですかそれ」
「ああ。ひな祭りって言ってな。確かひなあられっていうおいしいお菓子が食べられたはずだ」
「それはいつですか!」
現金なもので、食べ物があると言ったその瞬間に彼女は眼の色を輝かせた。
「3月だな」
俺の言葉に一瞬で落胆していく彼女。反応が面白い。
「まだ1年近く先じゃないですか……。男の子の方においしい食べ物はないんですか?」
「一応あるぞ。柏餅とちまきっていうのが」
「食べましょう」
真顔で即答する彼女。
「おい外出前の発言を思い出してみろ。試験中じゃなかったのか?」
「そんなの二の次ですよ。おいしいものはいつだって待ってはくれないんですから」
彼女は先ほどのシラベールを再び取り出すと、検索を始めた。食欲に関しては本当に節操のない奴だ。
「そんなんで大丈夫なのかよ……」
俺としてはもう少し邪魔する気でいたのだが、この様子だとそんなに邪魔しなくても良さそうな気がしてくる。
(悪魔ってこんなもんなのかなみんな)
それから数分後、和菓子店を見つけた彼女に連れられ、俺は再び歩き出すこととなった。
「おいしいですねー! お腹が満たされるようです!」
ベンチに座ってルンルン顔で柏餅を食べている彼女だが、
「俺はお前のせいで財布の中身が空っぽだよちくしょう」
一方の俺はその隣で肩を落としていた。大金を持ってこなかったのは本当に正解だった。危なくお店の品物を全て買い占められる勢いだったからだ。言うまでもなく原因は彼女の大食いにある。
「まあまあ、これおいしいですよ樹さん」
「おいしいですよじゃねーんだよ」
彼女の手渡してきた柏餅をひったくるようにして受け取ると、それをもぐもぐと食べる。
「どうです? おいしいでしょう?」
「お前が作ったんじゃねーだろ。まあ確かにおいしいけどな」
確かに味だけならこれ以上ないほどだった。その答えを聞いた彼女は最高の笑顔で俺の方を見る。
「じゃあもう1個ずつ……」
「これ以上は買わん! 第一金がないっつってんだろうが!」
そういうことだろうと思っていたが案の定だったか、と俺は叫ぶ。
「えーじゃあそろそろ人の願いを叶えるために動きますか。樹さん、何か叶えてほしい願いとかないですか?」
いかにもだるそうな様子で俺に聞いてくる悪魔。
「この流れで俺に願いがないかとか聞くのかお前は」
「だってせっかく外に出てきたんですしまあ願いの1つや2つくらいはあるかなーって。何ならお財布の中にお金をたくさんとかでもいいんですよ!」
「それ絶対お前が和菓子食べたいだけだろ」
「あっばれました?」
舌を出す彼女。どこまでもぶれない奴だ。
「で、何かないですか? 私としても一応悪魔になるためにこちらに来ているわけで本分を忘れる訳には……」
「さっきまで和菓子を貪り食ってたやつがどこからその言葉をひねり出しやがった」
とはいえ、こいつのためにも何かしらの願いは叶えてやらねばならないのも確かだ。しかし、私利私欲の願いを叶えてしまうのではこいつがきちんとした悪魔としての道を歩んでしまうことだろう。今のままの彼女に何としても留めておくための願いを何か考えなくてはならない。とそこまで考えて、俺はあることを思いついた。
「それじゃ、この財布に入りきるだけの10円玉を入れてくれないか?」
「10円玉ですか? 500円とか札束でもいいんですよ?」
ずいぶんちっぽけな願いだ、と彼女は不満そうだ。
「まあ最初だからな。お前が本当に願いを叶えられるのかっていうのも知りたいところだし」
「……言われてみると私あなたのお願い聞いたの初めてでしたね。それなら信用してもらうためにしっかりお願いを叶えないと」
彼女は気合を入れるためなのか拳を握りしめた。何故俺がこんなよく分からない願いをしたのか、その理由を知ることもなく。