新たな暗号と連続失踪事件
「ところで、1つ聞いていいか?」
不機嫌そうなアリーにケンはそう聞く。
「……何?」
睨み付けるようにケンを見るアリー。
「あのさ、お前の監視の能力を知ってるのって俺だけなのか?」
「……結果的にはそうなる。そもそも、本来は誰かにばらすつもりなんてなかったし。あなたの勘が良すぎたから話さなきゃいけなくなった。それだけのこと」
「ふーん……」
ケンはニヤリと笑う。
「言っとくけど、今回は特別に能力を使ってるだけで、基本的にはサラの監視にしかこの能力は使いたくない。その辺りは弁えて」
「お前ツンデレみたいになってんな」
「うるさい」
アリーは再びそっぽを向いた。
「それで、このこけた子やなって一体何なのかしらね?」
「たぶんこのREARRANGE、並べ替えるって言葉が鍵なんだと思いますけど」
一方、沙良と桜の2人は暗号に四苦八苦していた。
「こけたこやな……ひらがなにしてはみたけど」
「たこっておいしそうですねえ……。たこ焼き食べたいです」
沙良は一人そんな場違いな感想を述べる。
「あのねえ沙良さん、こんな時にそんなのんきな……いや、待って」
だが、そこまで言った桜はもう1度暗号文を読んでみる。
「これ、たこを取ったらこけやなが残るけど、これ、2文字ずつに分けて並び替えると粉と焼けにならないかしら?」
「……あっ!」
沙良も気付く。
「たこ・粉・焼け。つまり、次に行くべきは……」
『たこ焼き屋さん!』
声が揃う。
「行きましょう!」
沙良は翼を広げると、桜を掴む。
「うわっ、空飛んでる!」
「動かないでくださいね?」
次の瞬間、沙良と桜の姿は一瞬でその場から消えた。
「ところで、沙良のお母さん……ミルダさん、でしたっけ?」
「うむ。何じゃ?」
その頃、俺と色欲の悪魔ミルダ・ファルホークは相変わらず2人で会話を続けていた。
「いえ、ミルダさんが人間界に来た理由について気になったので、良ければ教えていただいてもいいですか。沙良のためだけに人間界に降り立ったわけではないんでしょう? あなたが色欲の悪魔を統べる長だってことはアリーから聞いてますけど、そんなお偉いさんがわざわざこっちに娘のためだけに来るとは考えにくかったので」
「……そなたのようなやつが悪魔におれば良かったのじゃがな」
ため息をつくミルダ。
「まあ良い。どのみちそなたたちにも話そうとは思っておったのじゃ。そなたに話しておけば他の悪魔見習いたちや契約者たちにも伝わるじゃろう。少し長い話にはなるが、聞いてもらってもよいか? 悪魔界だけではなく、人間界にも関係する問題なのじゃ」
「は、はい」
ミルダがかしこまったのを見て、俺も居住まいを正した。
「連続失踪事件?」
ケンはアリーからそんな話を聞いて首を傾げる。
「うん。聞いたことない? こないだサラたちと会うときに麻梨乃を誘おうとした時に見たニュースなんだけど」
アリーはそう説明する。埼玉県で発生していた連続失踪事件だったが、最近になって沙良たちがいる東京付近で事件が発生するようになったのだという。
「いや、桜がニュース見るようなやつじゃねーしな……。ちょっと分かんねーけど。それがどうしたんだよ?」
ケンは何を言いたいのかその意図を問う。
「ひょっとしてなんだけど、悪魔見習いの誰かが関係してるんじゃないかって」
「悪魔見習いが? いや、まさか……」
ケンは否定しようとするが、そこであることを思い出す。
「いや、そういえばいたな。悪魔見習いの中でも洗脳を司る能力を持つ憤怒の悪魔見習いが。確かにその系統の能力者なら有り得なくはねーけど……。でも、憤怒と強欲の能力者の固有能力は人間界での使用を禁止されてたはずだぜ? 強欲も憤怒も人間界に与える影響が大きすぎるからって理由で」
「それはそうなんだけど、でも色欲の悪魔のミルダ様がサラのためだけに人間界に来るとはどうも思えなくて」
「……そうだな。だったらここで考えてるんじゃなくて確かめに行こうぜ、そのサラっちの母親のところへ。どうせ場所は分かってるんだろ?」
ケンは漆黒の翼を広げる。
「……こういうときの行動力だけは尊敬する」
アリーも同じく翼を広げる。そして次の瞬間2人は空高く飛び上がり、その場から姿を消した。
「うっ……」
「だ、大丈夫ですか桜さん……?」
沙良はたこ焼き屋に着くと、気持ち悪そうにしている桜にそう声をかける。どうやら以前樹が酔ったのは酔いやすさのせいだけではなかったらしい。
「……この高速移動はちょっと使いどころを考えないといけませんね」
沙良はうんうんと頷く。
「そ、そんなことより私のことはいいから早く暗号を……うぷっ」
「わ、分かりました。急いで取ってくるのでちょっと待っててください!」
吐きそうな桜の懸命に発した一言で我に返った沙良は急いで母親を探す。だが、ミルダの姿はどこを探しても見当たらない。
「あ、沙良さん」
代わりに彼女に声をかけてきたのは吉永麻梨乃だった。彼女はアリーの契約者であり、以前に桜や沙良と揉め事を起こした人物でもある。
「麻梨乃さん!」
「実はさっき、何だかよく分からないけど古風な話し方のお姫様みたいな人にこれを沙良さんに渡してくれって頼まれたんだけど……」
そう言って彼女が身につけていたポーチから渡してきたのはやはり今まで受け取ったものと同種の暗号文だった。
 




