沙良と樹 2人の選んだ道
「もしもし」
何度かのコール音の後、電話に出る音が聞こえる。
「……沙良か?」
俺は聞く。
「樹さんですね。どうしたんですか?」
沙良も戸惑いながら話しかけているようだ。
「話がある」
「……何でしょうか」
沙良は言葉に詰まりながら聞く。
「……今まで、悪魔にしたくないこと黙ってて悪かった」
「別にいいんですよ。私は樹さんの正直な気持ちを聞けただけでも嬉しかったですし」
沙良は電話越しに声を詰まらせながら返す。彼女も俺に気を使いながら話しているのだろう。言葉を選んでいるのが伝わってくる。
「……それで、話っていうのは俺の考えのことだ」
俺も慎重に言葉を選んでいく。
「樹さんの考えですか?」
「ああ。俺は今までお前が悪魔にならなければそれでいいって考えてた。でも、お前はそれだと存在が消滅しちまうんだよな」
「……はい。このルールは7つの大罪の名を冠する7人の中でも初めて7人に選ばれた方々が決めたことですから、私には覆すことはできません。このルールは絶対です」
彼女の言葉が俺に鋭く突き刺さる。
「俺には、確かに私利私欲の願いがあんまりないかもしれない。でも、お前の存在を消したいとはもちろん思わない。だから、お前のために、いや、俺がお前にいてほしいから、俺のために私利私欲の願いを叶えてほしい」
俺が言葉を選びながらそう気持ちを素直に伝えると、電話の向こうから彼女の涙ぐむ声が聞こえた。
「……分かりました。あなたのその願い、できる限り叶えさせていただきます。……ありがとう、樹さん」
それは彼女が俺に対して初めて、いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない、敬語ではない言葉を発した瞬間だった。
「それで、早速だが1つ頼みがある」
「頼み、ですか?」
彼女は聞き返す。
「ああ。桜と吉永さんのことだ」
俺は今どのような状況なのかを簡潔に説明する。
「……そういえばこないだは気にも留めてませんでしたけど、私もアリーの契約者には1度会ったことがありましたね」
沙良が嫌そうな顔をしているところを見ると、どうやら桜がされたことは本当にあったことだと考えた方が良さそうだ。
「それで、頼みって言うのは……」
「桜さんの麻梨乃さんとの記憶を消せってことですか?」
沙良はそう聞く。察しが早いのはこいつのいいところだ。
「ああ。ケンから細かい話は聞いたんだが、お前の吸収の能力はあらゆるものを吸い込めるんだろ? それを使ってあの険悪な空気を何とかしてほしいんだ」
「……そうですね。とりあえず今日が初対面だってことにしとけば大丈夫でしょうねこの場合だと。今桜さんの家にいるんでしたよね。大急ぎで向かうのでちょっと待っててください」
「おう」
俺はそう言って電話を切った。
(あとはあいつが来るまで待つだけか)
こうなってしまえばあとは沙良に任せるだけだ。俺はそう考え、部屋に戻ることにした。
「ただいまー」
「ああおかえり」
その少し前、ケンが部屋に戻ると、その重苦しい空気はまだ続いていた。
(……ケン。あなたサラの契約者に何か吹き込んだ?)
アリーが麻梨乃の隣でケンにそう目線を送る。一種のテレパシーに近いものだ。悪魔見習いが持っているリモコンの通話機能はこのテレパシーを元に作られている。
(まあな。全てが一瞬で丸く収まる秘策をあいつにな。なかなかの演技だったぜ我ながら)
ケンはそう念を送り返すと、桜と麻梨乃の間の空間に座り込む。
「ところで桜、今日の晩御飯は何だっけか?」
「今日の晩御飯? えっと、確かカレーだったと思ったけど」
なぜこのタイミングでこんな質問を?と言う目でケンを見る桜。
「そっか、じゃあせっかくだしみんなに食べてってもらったらどうだ?」
「みんな? ここにいる全員に?」
桜は聞き返す。
「ああ。何の問題もないだろ?」
ケンはいけしゃあしゃあとそんなことを言う。
「ケン、あなた本当に何考えてるの?」
その様子を見たアリーまでもがケンに意見する。さすがに空気が読めてなさすぎると踏んだのだろう。
「べっつにー。みんな仲良くできたら最高だろ?」
「あんた、知らないだろうから言っとくけど、私とこの吉永さんはねえ……」
だが、そこまで言いかけた桜の言葉が突然途切れる。
「……何? どうしたの?」
アリーは明らかに様子のおかしくなった桜を見て困惑する。
「あれ、何だっけ……?」
「何言ってんだよ桜。お前とこのアリーの契約者の吉永麻梨乃は今日初めて会ったんだろ? 何でそんなにイライラしてるんだよ?」
ケンはいつもの調子でそう桜に言う。
「そ、そうだったかしら……。おかしいなあ……」
「まあそういうわけだ。麻梨乃もアリーもここでご飯食べてけよ。親睦を深めるためにもな。良いだろ桜?」
「そ、そうね……。じゃあ、みんなの分の食器用意してくるわね……」
桜は首を傾げながら部屋を出て行った。
「……どういうことなのケン?」
アリーは本気で何が起きたのか分かっていない様子で尋ねる。
「立役者はもうじきこの家に来ると思うぜ」
その言葉通り、数秒後に桜の家のチャイムが鳴った。
「ほらな」
「……何がどうなってるの?」
アリーは不思議そうな顔でケンを見て、麻梨乃は突然態度の変わった桜を見て呆然とするだけだった。




