リモコン1つで簡単に② こいのぼりを探して
「で、今日はどこに行きましょうか?」
「どこって言われてもなあ……」
わくわくした様子の彼女と比べて明らかに困った様子の俺。今歩いているのは近所の住宅街だ。
「何だかあんまり楽しそうじゃないですね」
彼女も俺の様子に気が付いたのか、心配そうに聞いてくる。一応悪魔のはずなのだが、こういうところは妙に人間味のあるやつだ、と思う。
「いや、別に出かけること自体はそんなに悪くはないんだ。ただ、な……」
「どうしたんですか? 過去に何かあったとかそんな感じですか?」
彼女は深く突っ込んで来ようとしているが、別に出かけるのにトラウマがあったりするとかそんな理由ではない。俺が心配しているのはもっと別な方向の心配だ。
「実は俺、この辺の地理が全く分からないんだよ」
「……えっ?」
彼女は驚いたように俺の方を見る。
「まだ高校に入学してから1月くらいしか経ってないからな。まあだから下手したら迷子になりかねないんだ。最悪来た道をそのまま辿れば帰れるとは思うんだが」
俺が彼女に勝手に出掛けるな、と言った理由の1つにこれがある。俺の知らないところで彼女にふらつかれると、万に1つ彼女が私利私欲の欲望を叶えてくれと頼まれた場合に彼女を見つけることができないためだ。逆に言うならその問題が解決するようならある程度はそこについては譲歩しようとも思っている。
「何だ、そういうことなら心配ないですよ。ちょっと待っててください」
一方の彼女は納得したように頷くと、先ほどのリモコンをまた取り出し、今度は青のボタンを押した。
「おい、今度は何をする気だ?」
「別に大したことはありませんよ。ほら」
今度はワンピースの胸ポケットから何やらカーナビのようなものが飛び出してきた。彼女がそれを起動すると、俺の家までの帰り道が詳細にルート表示されていた。
「これで帰りは問題ないのでゆっくり散歩できますね」
彼女は笑顔で俺に言う。
「実は私の洋服は四次元空間になってまして、願ったものをボタン1つで取り出せるようになっているんです。それをポケットから四次元空間に切り替えるのがこの青のボタンに対応してまして。ちなみにさっき押した赤のボタンは着替え用のボタンで、着替えている間に四次元空間内で洗濯を全て済ませてくれる仕組みになってるんです。生乾きにならないので便利ですよ」
「意外と実用的なんだなそのリモコン」
俺は感動したように彼女に声をかける。
「まあ人間界も結構危ないところだと聞いたので、魔界の方でも対策を取るようになったんですよ。以前はこんなもの使ってなかったんですけど、人間に擬態した悪魔が交通事故なんかで誤って殺されてしまう事件が多発したのをきっかけに、人間界に試験や研修に来る悪魔ないしは悪魔見習いにはこのリモコンが支給されるようになったんです。最悪車にひかれそうになっても青のボタンさえ押せれば体にエアバッグを仕込めますし、最悪引かれてしまってもすぐに傷を治したりすることも可能なんですよ」
「どうなってんだよお前らの世界は」
俺は呆れたようにため息をつくが、この様子だと彼女の方がよほどこの辺りの地理には詳しそうだ。しばらくは彼女を一人で外出させるのはやめた方が良さそうだが、ここは彼女を頼らせてもらうとしよう。
「まあでもそんな便利なもの持ってるなら、お前に行き先を検索してもらうとするかな」
「ええ、任せてください。このシラベールがあればお出かけ時の大体のことは何とかなりますから」
どうやらあのナビにはそんな名前がついていたらしい。ここは正式名称で呼んでやるとしようか。
「それじゃあ、そのシラベールってやつでとりあえずこいのぼりのありそうなところを検索してくれるか? あれ、でもそんな細かい検索できるのか?」
「そのくらいならお安いご用ですよ。何せ魔界の最新技術ですし。けど、何ですかこいのぼりって?」
彼女は不思議そうに聞いてくる。どうやら俺の思った通り、彼女はまだあまり人間界のことについては詳しくはないようだ。
「まあ、見つけたら説明してやるから、とりあえず調べてみろよ。見たらきっと驚くと思うからさ」
俺はそう彼女に言うと、検索機能に悪戦苦闘する彼女をのんびりと眺める。一応使いこなせはするらしいのだが、あまり機械が得意ではないらしい。そして数分後、
「ありました!」
彼女は喜びの声を上げた。どうやら見つかったらしい。
「ここから徒歩5分くらいのところにあるみたいです」
「やっぱり最近じゃやってるところも減ってきたからなー。むしろ近所にあってよかったくらいだ。それじゃあ、行くとしようぜ」
俺は彼女を連れてそのこいのぼりのあるという方向へ向かうことにした。