樹の出した答え
「あれ、えらい静かだな」
ケンとアリーが桜の家に帰ってくると、家の中はえらく静まり返っていた。
「殺人事件でも起きてたりして」
「縁起でもないこと言うなよ……」
ケンはアリーを先導しつつ、部屋の前にたどり着いた。
「それじゃ、手筈通りにお前の契約者のこと頼むぜ」
「分かった」
アリーが頷いたのを確認すると、ケンがドアを開ける。
「ただいま……」
「おかえりケン」
そう言った桜からはどす黒いオーラが放たれていた。
「麻梨乃」
「ああ、アリー」
一方、アリーにそう返した麻梨乃の方からは気まずさが漂っていた。
「……どういうことなんだこれ」
「おい、ケン。ちょっと来い」
ケンが困っていると、樹が手招きする。
「簡単に今の状況を説明するからよく聞けよ」
樹の言葉にケンは頷いた。
「というわけで、どうやら吉永さんと桜に面識があったみたいなんだよ」
俺は簡潔に桜と麻梨乃の関係について話す。
「まさか俺とタツッキーがいろいろしてた時にそんなことがあったとはな」
「おかげで桜がさっきからずっとこの調子でどうしたらいいのか。正直お前と少し話したらとっとと帰るつもりだったんだけどな」
俺は頭を抱える。
「……素直にアリーの契約者が謝ればそれで解決なんじゃねーのか?」
「ところが吉永さんは吉永さんであまりそのことを謝る気はないみたいで気まずさだけが残ってるような状態らしい」
「めんどくさいな女って」
ケンもため息をつく。
「まあ初対面のやつに邪魔だって言っただけだしな吉永さんも。その邪魔だって言った状況が問題だったのと、吉永さんがはっきり言い過ぎたってだけで」
俺は桜の話を思い出す。桜は吉永さんにいきなり邪魔だと言われて追い払われたのだ。それも女に寄られても嬉しくないという理不尽な理由で。
「で、何かいい手はないか? 俺も何とかしてこの2人を仲良くさせたいんだ」
「……ないことはないぜ」
ケンは何かひらめいたような顔をしながら、以前アリーについてアドバイスしたときと同じようにそんな回りくどい言い方をした。
「あるのか?」
「ああ、一応な」
だが、ケンはあまりその方法には乗り気ではなさそうな様子だった。
「何だよ、あるなら早く言えよ」
俺はケンを急かす。
「……じゃあ言うけど、タツッキー、サラっち固有の能力って知ってるか?」
「沙良固有の能力?」
俺は思い出す。悪魔見習いにはそれぞれ固有の能力があり、例えば色欲の悪魔見習いであるアリーなら変化の能力と言った具合にその悪魔見習い独自の能力が使用できるのだ。
「確か吸収だったよな。あらゆるものを吸収することができるっていうものすごく曖昧な説明しかされなかったけど」
「そうだ。どうやらその話はサラっちから聞いてたみたいだな」
ケンは安心したように話を続ける。
「サラっちの能力は俺たち悪魔見習いの中でも群を抜いて使いやすくて応用が利く能力なんだ。あいつの能力は読んで字の如しだが、あらゆるものを抜き取ることができる。それは物理的なものだけに留まらない。感情とか病気とか記憶とか、そんな目に見えにくいものや見えないものまですべてを抜き取ることができる」
「何だよそれただのチート能力じゃねーか」
俺は驚いてケンを見る。彼女はそんな説明など一言もしなかったからだ。
「あいつはあいつで自分の能力を誇示するタイプじゃねーからな。たぶんタツッキーを説得できるまで能力を使うつもりはなかったんだろ」
ケンはそう結論付ける。
「つまり、その吸収の能力を使って桜の記憶を吸収すればいいってことか?」
ケンは頷く。
「もっとも、今のタツッキーとサラっちの関係が悪化してるのは俺も分かってるから、それが嫌なら無理にとは言わないけどな。ここでこのまま解決策を考えるのも1つの手だ」
ケンはそんなことを言う。選択肢はお前にあると言いたいのだろう。
「……少し、考えてきていいか?」
「ああ。これはタツッキーの今後を考える上でも大事な選択になる。よく考えて決めた方がいいからな」
ケンのその言葉に俺はひそひそ話を終えて立ち上がった。
「ちょっと樹君どこ行くの?」
桜は俺を睨み付ける。
「タツッキーはトイレだよ。俺も案内してくるからちょっと席外すぜ」
「ああそう。早く戻ってきてよ」
桜はケンの言葉で俺を見るのをやめる。俺はケンに付き添われて部屋を出た。
「じゃ、トイレはここだから、よく考えて決めるんだな」
「ありがとう」
樹の言葉を確認すると、ケンは部屋に戻っていく。
(俺にできるのはここまでだ。あとは自力で何とかしてくれよ、タツッキー。お前だってサラっちと同じこと考えてるはずなんだからよ)
俺はケンが戻っていくのを確認すると、ドアを開けた。そしてドアを閉めると携帯電話を取り出す。いつも使っている携帯電話、だがそのかける相手とは現在気まずい雰囲気だ。これほど携帯を持つ手が重いと感じたことはない。
(沙良……)
俺は彼女との思い出を思い出す。初めて散歩したときにあいつをうまく出し抜いて私利私欲の願いを叶えることを阻止したこともあった。ケンと桜が喧嘩したときにはあいつがいなかったらきっと仲直りさせるのは無理だっただろう。部屋の中ではいきなり体を小さくさせられてかくれんぼをする羽目になった。
(俺は……)
だが、そのどれを思い出しても、楽しかった。まだ彼女と会ってから1月しか経っていないが、あいつのいない生活など考えられない。だから俺はある決意をする。
(確かに俺はまだ昔のことを引きずってるところもあるし、沙良に私利私欲の願いを願うことはないかもしれない。それでも、俺はあいつと一緒にいたいんだ)
もう迷わない。俺は沙良の番号にかけることにした。




