怠惰の悪魔見習いの固有能力
「それじゃ、普段は滅多に使わないが、怠惰の固有能力でも使わせてもらうか」
ケンはそう言うと、能力を発動させる。
「固有能力を使う気?」
「お前だってさっきから使ってんだろ?」
そう言っている間にも、ケンの疲れたような表情は徐々に回復に向かう。それを見たアリーは途端にめんどくさそうな顔をする。
「あなたの能力は超回復。つまり、疲労や疲弊していてもすぐに回復できる。戦闘においては無敵の能力と言っていい」
「よく分かってんじゃねーか」
ケンは得意げに言う。
「こうなってくると私の能力は分が悪すぎる。私の能力は相手に精神的ダメージを与えて疲弊させたところを襲うものだし、こう何度も回復されたら私の方が逆にダメージを受けかねない。今回は負けを認めてあげる」
アリーは攻撃の構えをやめる。
「いいのかそんなあっさり引いて?」
「もともと別に戦うつもりで来た訳じゃないから。ちょっとだけ悪役をやってみたかっただけ。こういう周りを引っ掻き回す敵っぽいポジションって嫌いじゃないの」
「お前なあ……」
ケンは呆れる。
「それに、人脈の広いあなたと仲違いしても特にメリットがない。だから正直に答えてあげる。何から聞きたい?」
アリーは特に普段と調子を変えることなく、ケンにそう聞く。
「だったらまず、あのタイミングでサラっちに接触してあいつの秘密をばらしたことを聞きたいところだが……。今回はこっちに関しては聞かないでおく。お前のことだ、サラっちに言ったこと以外に特に裏もないんだろ?」
「さすがケン。よく分かってる」
アリーは頷く。
「なら、俺が聞きたいのは嫉妬の悪魔見習いの方だな。何でお前が色欲以外に嫉妬の悪魔見習いになってやがるんだ?」
「……特に裏はない。単純にサラを監視するのには嫉妬の能力があったほうが便利だと判断しただけ。あの集団の中にもぐりこむのには苦労したけど」
「……ってことは誰かに頼まれたのか?」
ケンは気付く。
「そういうことになる。そもそも監視役なんか好き好んで引き受けるものじゃないし」
「それもそうだが……。だとしたらいったい誰に頼まれたんだよ?」
ケンは意味が分からない、とジェスチャーする。
「サラとその契約者には担任の先生って言ってある。実際サラのことを見かけたらどんな様子か報告してくれとは言われてるから完全に間違いじゃないけど。ただ、それだけのために私が嫉妬の悪魔見習いになる意味はない」
「つまりどういうことだよ?」
回りくどい言い方にケンがしびれを切らす。
「もう一人別の悪魔にも頼まれたの。サラの様子を逐一報告しろって」
アリーはそんなことを言う。
「何でそれをあいつらに言わなかったんだよ」
「理由は簡単。サラたちがそれをバラす段階にまだ到達してないから。今のままあの2人にそれをバラしたところで、たぶん何もできない。むしろ、互いがいろんなことを隠しあっている分、足を引っ張りあって余計にあの方のお眼鏡にかなうことはない」
アリーのその答えにケンはある役職の人物を思い浮かべた。
「まさか、その依頼者って、お前の直属の上司か?」
それをそのままアリーに聞いてみる。
「さすがケン、勘はそれなりにいい。大体合ってる。もっとも、直属どころか全ての色欲の悪魔を統べる存在だけどね」
「それなりには余計だっての。っていうか、それってまさかサラの……」
ケンは何かに気付いたようにアリーを見る。
「あなたも気付いたみたいね。私が消滅のルールを教えたのもこれで納得がいった?」
「そういうことならな」
ケンは頷く。
「でも、どうすんだよ。そのせいでサラっちとタツッキーは仲違い寸前の状況になっちまってるんだぞ?」
「……それは悪かったとは思ってるけど、どのみちいつかは知らなきゃいけないことだし。多かれ少なかれ互いの手の内を見せようとしなかったあの二人はどこかで衝突してた」
「そうじゃねーだろ!」
ケンは怒る。
「……私にあの二人の仲を取り持てって言うの?」
「当たり前だ。お前が焚き付けた結果こうなってんだからな」
そのためにここへ来た、とケンは言う。
「悪いけど私は行く気はないし、何もする気はない。あれはあの2人の問題だし。ただ、一応私がいなくなるのと同時に麻梨乃がケンの家に行ったみたい」
「……麻梨乃って、お前の契約者の名前か?」
アリーは頷く。
「何だか知らないけどケンの契約者に呼べって言われたからってサラの契約者から連絡が入ったみたい」
「……またややこしいことになってんな」
ケンはため息をつく。
「とりあえず俺は桜の家に戻ったほうが良さそうだな」
「それが賢明な判断。でも」
アリーはすぐそばまで近づく。
「麻梨乃がいるから私も行く。契約者同士の修羅場は私たちも解決に当たらないと後が面倒」
「さっきと言ってること違うじゃねーかお前」
ケンはすかさず突っ込みを入れるが、
「麻梨乃には契約してくれた恩があるから。そこのこじれを何とかする条件ならあなたに手を貸してもいい」
彼女はそう返す。
「……まあお前がいると心強いし、今はこれ以上何も聞かないことにしとくか。それじゃ、一緒に行こうぜ」
「そういう気遣いができるところは嫌いじゃない」
アリーはそんなことを言う。
「そういうところって他はどうなんだよ」
「まあまあかな」
「……厳しい奴」
ケンとアリーはそんな会話を交わしながら漆黒の翼を広げた。




