すれ違う2人
(このままだとまずいよな……)
俺、町村樹は高校の自分の机でため息をついていた。色欲の悪魔見習いであるアリー・サンタモニカから沙良の話を聞かされてから数日、俺と高梨沙良の距離は何となく遠くなってしまった。何か話しかけようにも会話が続かず、いつの間にか俺たちの関係はただの居候と言うだけの関係に戻ってしまったように思う。
「……町村君?」
そんな俺に隣の席の樋口桜が話しかけてくる。
「……ん?」
俺はワンテンポ遅れて返す。高校だと名字で呼ばれるのでどうしても慣れないのだ。
「土日に何かあったの? ずいぶん考え込んでるみたいだけど」
そういえばこの話は桜にすらしていなかったことを思い出す。というかアリーから聞いた話がいろいろと衝撃的過ぎて、俺もまだ頭の整理ができていない。沙良が暴食の悪魔見習いで唯一この人間界で試験を受けることを許されたエリート中のエリートであること。悪魔見習いが悪魔になれなかった場合、人間界から消滅し、二度と形を持つことができない、つまり死んでしまうこと。
「樋口、昼休みに少し時間いいか? 話したいことがあるんだ」
「それは沙良さんたちのこと?」
俺は頷く。
「分かった。それじゃ、屋上に行きましょう。あそこなら人も来ないし、気兼ねなく話せるわ」
桜はそう言って次の時間の準備を始めるのだった。
「で、一体何があったの?」
桜に聞かれ、俺は数日前にアリーから聞いた話をそのまま桜に伝える。
「……なるほど。ケンたちが願いを言えって暇さえあれば言ってた理由が分かった気がしたわね。自分の存在がかかってるっていうなら、あれだけ同じことを何度も頼むのも分かった気がする」
「ああ。でも、沙良は俺に今までこのことを一度も教えてくれなかった」
「それはケンも同じじゃない。でも、私や樹君に言わなかったってことは、あの二人にも何か考えがあったんじゃないかしら? もしくは話せない事情があったか」
「考え、それに事情、か」
俺は寝転がって空を見る。
「いったい俺はあいつの何を知ってたんだろうな」
「それは私も同じよ。ケンのこと、何も分かってないもの」
俺たち2人は自分の無力さを嘆く。
「なあ、今日桜のところに行ってもいいか?」
俺は決意を固め、桜にそう話しかける。
「……いいけど。沙良さんと話さなくていいの?」
「そのために行くんだよ」
俺は桜にあることを伝える。
「……そういうことなら。じゃあ、今日は一緒に帰りましょうか」
「よろしく頼む」
そう言葉を交わした俺たちは教室に戻ることにした。
「でも、まさか学校帰りに男の子と帰ることになるとは思ってなかったわ。もう入学してから2か月経つけど、一番仲がいいのが樹君っていうのが自分でもびっくりよ」
「俺もだよ。まさか桜とここまで仲良くなれるとは思ってなかった」
そんな話をしながら俺と桜は彼女の家に到着する。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
桜の後に続いて俺も中に入る。俺は玄関先でしばらく桜を待っていたが、
「……あら。ケン出かけてるみたいね。私の家族も誰もいないみたい」
「えっ、いないのか?」
家の中を一通り見た桜が戻ってくるなりそう言った俺は驚く。確かに自由気ままな奴だとは思っていたが、こういう肝心な時にいないというのもそれはそれで困る。
「そうみたい」
「どうするかな……」
俺は少し考える。
「ケンがいないんじゃ樹君の予定も狂ってしまうでしょうけど……。どうかしら、せっかくだし私と2人で少し話してみない?」
「……そうさせてもらうか。このまま家に帰っても気まずいだけだろうし、ここにいればその内ケンだって帰ってくるかもしれないからな」
俺は桜の厚意に甘えることにした。
「どうぞ。お茶菓子もあるからゆっくりしていって。って言ってもまずは沙良さんのことを解決する方が先決でしょうけど」
桜は俺に食べ物を手渡す。
「ありがとう」
それを受け取った俺はとんでもないことに気付く。
(あれ? これってまさか……)
先ほどの桜の発言を聞いた時点で俺は帰るべきだったのかもしれない。今ここには俺と桜の二人しかいない。つまり、女の子と部屋に二人きり、という状況だ。そう気付いた瞬間、俺の心臓の鼓動が急に早く脈打ち始める。
(……こんな状況で沙良のこと考えられるかー!)
俺は心の中でそう叫ぶしかなかった。
「で、俺をわざわざ呼ぶってのはどういうことだよサラっち」
一方のケンは樹の家にいた。沙良に呼び出されたのである。
「いえ、実は少し相談がありまして」
そう言った沙良はこの間アリーから樹に彼女の秘密をばらされてしまったことを告げる。
「それで何となく気まずくなってあんまり話せてないと」
「そういうことになります。私のことを監視していたアリーにはさすがに話せませんし、結果的にあなたしか話せる人がいなくて」
沙良はもじもじする。
「かと言って俺を呼ばれてもなあ……。俺そもそもそういう重要な相談をされるようなタイプじゃねーからどう返していいか分かんねーぞ」
「別に明確な答えが欲しいわけじゃないんです。話を聞いてくれればそれで構いません」
「……まあそういうことならいいが」
ケンは居心地の悪さを感じはしたが、困っている沙良を放っておくわけにもいかず、そう返すしかなかった。




