湧き出す疑惑
「ただいま」
俺が吉永麻梨乃への対応に困っていると、アリーがトイレから帰って来た。
「麻梨乃。少しこの人と話したいことがある。ちょっとだけ席を外してもいい?」
「い、いいわよ」
俺と相変わらず目を合わせられないままにそう答える彼女。おそらく本心では俺と話したいのだろうが、何も話せない今の状態では無理だと判断したのだろう。
「じゃあ、来て」
「お、おう」
俺はアリーに連れられるままに席を後にした。
「で、何なんだよ一体」
俺はアリーに対してそう聞く。
「麻梨乃がああなった理由、あなたならもう見当がついてるんじゃないかと思って」
「……言いたくはないけど、恋愛感情なんだろあれ」
「正解」
彼女は何回か手を叩く。拍手のつもりらしい。
「というか、あそこまであからさまにうろたえてたらさすがに分かるだろ。顔も真っ赤だったし」
「世の中にはそれが分からないほど鈍感な男性もいる。あなたがそんな鈍感な男じゃなくて安心した」
アリーはそう言うと、俺の方をまっすぐ見る。
「それで、そこまで分かっているならあなたにお願いしたいことがある」
「……何だよいったい」
アリーを見つめ返しながら聞き返す俺。
「彼女の恋愛感情を取り去ってほしい」
「それができたら苦労しないっての」
ため息をつく。そもそもそんなことができるくらいならとうの昔に行っている。
「策はある。あなたが実行できればだけど」
「どういうことだよ」
その回りくどい言い回しに俺は苛立つように聞く。
「あなたの契約した悪魔見習い、サラの能力を使えば何とかなる」
「何とかって……」
言いかけた俺は、こないだ沙良から聞いた話を思い出す。
「まさか、悪魔固有の能力か」
暴食の悪魔見習いである沙良には彼女にのみ与えられた固有の特殊能力がある。その能力名は吸収。彼女は使えない能力だ、と言ってはいたが、今回のような状況でも彼女の能力が使えるのであれば、また話は変わってくる。
「察しが早くて助かる。サラの能力を使用すれば、麻梨乃があなたに恋したという記憶だけが消える。誰かに恋したという記憶の残った麻梨乃は自分を磨くことに精を出すはず。つまり、私の悩みも同時に解決することができる」
「そんなにうまく行くもんなのか?」
俺は疑心暗鬼でアリーに尋ねる。
「仮にうまく行かないようなら、今度は私がサラに頼んで麻梨乃の傲慢な心だけを消せばいい。だから、問題はない」
「……まあそれならいいけど。でも、それならアリーが最初から沙良に頼めばいいんじゃないのか?」
俺はそんなことを聞く。
「私が頼むのは構わないけど、それだとサラの試験に関係のないところで彼女が能力を使わないといけない。どうせ同じ願いを叶えるなら契約者であるあなたから頼んだ方が彼女のためにもなる」
「……それはそうなんだが」
俺はアリーに事情を説明するわけにもいかなかったので、そう曖昧に答えるしかなかった。
「それに、どのみちサラ固有の能力を使うには私利私欲の願いである必要がある。私が頼んでも完全な私利私欲の願いにすることは難しい。その点あなたなら当事者だし、厄介者を追い払うと考えれば十分私利私欲の願いになりうる」
「確かにそうだな……」
俺は沙良を悪魔にしないために彼女を家に引き留めているのであって、できるならそんな願いはしたくない。だが、今回は非常事態でもある。そもそも彼女が俺に惚れてしまったことが最大の誤算であり……。
(あれ?)
俺はそこで妙な引っ掛かりを覚える。そもそもなぜ吉永麻梨乃は俺に惚れてしまったのだろう。一目惚れだとしても麻梨乃のあの態度はいくら何でもおかしい。アリーからは普段わがままだったという証言まであったくらいなのだから、むしろ一目惚れならもっと俺に積極的に話しかけてくるはずだ。
「……分かった。じゃあ沙良に頼んでくるから、アリーは吉永さんの気を引いててくれないか?」
俺はひとまずアリーにそう言う。
「任せて」
アリーは頷いた。
「沙良、ちょっと聞きたいことがある。アリーに見えない場所で俺と接触できないか?」
俺は急いでアリーから離れると、沙良のリモコンにそんな連絡を入れる。
「……樹さんも何かおかしいと思ったんですね?」
「ってことはお前もか?」
沙良もどうやら変だと思っていたらしい。
「はい。ここはひとまずお互いの情報を整理するために一度どこかで合流しましょう。とりあえず、このカフェの目の前では人目に付きますし、男子トイレの個室に来てください。そこで姿を消した私が樹さんを運びますから」
「分かった」
俺は急いで電話を切ると、男子トイレに駆け込み、個室に鍵をかけて入り込む。
「樹さん、沙良です」
数分後、外からそんな声がする。
「来たか。早か……」
その声に安心してドアを開けた俺は、目の前に立っている人物を見て途中で言葉を止めてしまう。
「どういうつもり? 私に隠れて何をしようとしてたの?」
「アリー・サンタモニカ……」
目の前に立っていたのは先ほど別れたはずのアリーだった。




