リモコン1つで簡単に① 外出の誘い
俺の名前は町村樹。一人暮らしをしている高校生だった。何故過去形なのかと言えば、
「いやー、しかしこの家の人が親切な方で本当に良かったですよまったく。住まわせてくれなかったらどうしようかと思ってました」
「何白々しく言ってんだ無理やり人の部屋に転がり込んできたくせして」
この馴れ馴れしくも図々しいこいつのせいだ。長い髪にゴスロリの衣装を身に纏って床の上でごろごろしているこいつはおそらく俺の知り合いの中ではトップクラスの無礼さとメンタルを兼ね備えていることだろう。こいつの名前は高梨沙良。一応本人によると悪魔への昇進試験中で、この家に転がり込んでくることになったのだという。パッと見俺と同い年くらいに見える外見だが、一応これでも彼女は悪魔見習いらしく、きちんと本来の姿もあるらしい。もっとも、見せてもらおうとは思わなかったので申し出があった時点で断りはしたが。
俺は終始彼女の居候を断り続けようと努力したのだが、健闘空しく結局彼女を住まわせることとなってしまった。もっとも、後で聞いた話ではこの話を受けないと悪魔の親玉のような奴から直に不幸にさせられてしまうそうなので、あの段階で話を引き受けたのはおそらく正解だったのだろう。それに、一応こっちにもちゃんとした目的はある。
(契約期間は1年しかないが、その間に何としてもこいつをいい悪魔にしてやる。俺のところに転がり込んできたのが運のつきだ)
悪魔ってのは基本私利私欲を叶える生き物だと言ってたが、あくまでそれはそいつが心の荒んだ奴の場合の話だ(と俺は思っている)。だったら、俺が自分のためじゃなく、人のために願いを叶えてやればいい。そうすればこいつが悪い悪魔になることなどないはずだ。それを勝手な条件に、俺はこいつを住まわせることにしている。もちろん本人には言っていない。
「で、ところでいつになったら出かけてくれるんですか? 私このままだと家から出ないデブまっしぐらな生活なんですけど。私だって一応試験中なんですからね」
「食べる量ちょっとは抑えればいいだろ」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか」
彼女は俺にそう筋違いな反論をする。もっとも実際彼女は一週間家から出ていないし、文句の1つが出るのも無理はない。契約の条件に盛り込んだとはいえ、軽い軟禁状態にしてしまったことは確かなのだ。とはいえ、俺だってこいつが一緒にいるせいで知り合いに妙な勘違いはされたくないし、精一杯譲歩したつもりではあったのだが。
(しかしさすがにそろそろ出かけさせておかないと後が面倒だよな。こないだみたいなことになるのは死んでもごめんだし)
こないだみたいなこと、というのは玄関先に悪魔を出現させられてしまったせいで強制的に彼女の話を聞いて契約することになってしまったことだ。あの悪魔たちは契約者である俺にしか見えないようになっていたらしく、実体は持たない虚像だったようなのだが、それでも気分が悪いことに違いはなかった。
「……でもまあそうだな。ちょうど今日は暇だし、少し出かけてみるか。待っててやるから準備しろよ」
「おっ、本当ですか? 言ってみるもんですねー! いやー住まわせてもらってから一週間も家から出してもらえないからてっきりこのまま軟禁状態になるのかと思ってましたよ」
彼女は鼻歌を歌いながら準備を始めた。が、俺はそこであることに気付く。
「そう言えばお前準備しろとは言ったけど何か準備するもんあるのか? 服だってずっとそのままだろ?」
「ああ、そういえばまだ説明してませんでしたっけ。実はこの服にはちょっとした仕掛けがしてありまして」
そう言った彼女はゴスロリ服のポケットの中から何かのリモコンを取り出した。ボタンの色は4色あり、右から赤青黄緑の順で並んでいた。
「結構でかいなそれ」
「まあ魔界の特注品ですからねー」
彼女はご機嫌な様子でそう返す。出かけるのがよほどうれしいらしい。
「さて、それじゃあ押しますからちょっとだけ離れててくださいね」
「離れてろってお前何する気だよ……。やめてくれよ部屋が爆発するとかそんなのだけは」
「そんなもの室内で取り出しませんよ。私がしたいのは着替えなのでご心配なく」
着替え? と俺が質問しかけたその時、彼女はそのリモコンの赤のボタンを押した。その瞬間、彼女の服の上部分が勢いよく膨らみ、そのままその膨らんだ部分が足の方にふわりと落ちてきた。そして俺がそれに気付いた時、もういつもの黒いゴスロリ服は春らしいピンクのワンピースへと変貌していた。
「さて行きましょうか」
「……どうなってんだよ魔界の技術って」
俺は驚き半分呆れ半分で彼女を外に連れ出すことにしたのだった。