再会! アリー・サンタモニカ
それから一週間の時が過ぎた。
(結局あれからアリーは一度も来ず、か)
近いうちにと言っていた以上は次の日にでも来るのだろうかと思っていた俺だったのだが、どうもそういうわけではなかったらしい。
「アリーのことが気になるんですか樹さん?」
「……まあな」
ずっと考え込んでいる様子の俺を見て、沙良はそんなことを言う。
「こないだも言いましたけど、特に心配する必要はないと思いますよ」
「俺が心配してるのはアリーじゃねーよ。あいつが試験を受けるために住んでる契約者の方だ」
「契約者ですか?」
沙良は意外そうな様子で聞く。
「契約者だったらそれこそ樹さんが心配する義理なんてないじゃないですか」
「いや、アリーが戻るときに麻梨乃を待たせるわけにはいかない、とか何とか言ってたからな。どうもその契約者がアリーに必要以上に負担をかけてるんじゃないかと思ったんだよ。アリーにたくさん願いを叶えさせるとかな」
だが、俺がそう言うと、沙良は呆れたように俺を見る。
「分かってないですねー樹さん。前も言いましたけど、悪魔見習いって言うのは人間の私利私欲の願いを叶えることが一番の試験合格への近道なんですよ? アリーが願いを叶えているのなら何の問題もないじゃないですか」
(そういやこいつも悪魔見習いだったな)
俺は沙良がここに来た本来の目的を思い出して渋い顔をする。悪魔見習いとして本来の目的を達成し続けていることを考えるなら、普通に考えて特におかしいところはない。が、俺の本来の目的とは大きくかけ離れてしまう。ここでそれを沙良にばらす訳にもいかない。
「……ちょっと出かけてくる。留守番頼んでいいか?」
俺は彼女の発言に答える代わりに墓穴を掘らないようそんなことを言った。
「また留守番ですか?」
「……フランクフルトとたこ焼きでどうだ?」
彼女にそんな交渉をしてみる。
「いいでしょう。ただし暇なので早めに戻ってきてくださいよ」
「努力はする」
俺は沙良にそう告げると、外に出かけることにした。
(考えをまとめるには一人で出かけるのが一番だと思ったんだが)
公園でため息をつく。思ったよりも何も考えが浮かばなかったのだ。時刻的にもまだお昼前だし、あまり長居するわけにもいかなかった。
(何より今の時点じゃ情報が少なすぎるのかもしれないな)
俺はそう結論付け、ベンチから立ち上がる。
(早いとこ沙良にフランクフルトとたこ焼き買って帰らないと)
そう思って歩き出したその時だった。
「見つけた」
そんな声が頭上から聞こえた。
「誰だ!」
俺は叫び、空を見上げる。しかしもちろん誰もいない。気のせいか、と思った俺は視線を目の前に戻す。
「沙良もいないみたいだし、ちょうどいい。少し付き合って」
「うわっ!」
目の前にはこの間のショートカットの女の子が立っていた。
「アリー・サンタモニカ……」
「覚えててくれたみたいで何より。それで、付き合ってくれるの?」
彼女は上目づかいで俺に聞いてくる。
「別にいいぜ。俺も少しお前に聞きたいことがあったからな」
「なら好都合。それじゃ、ちょっと待ってて」
アリーは自分の顔を人差し指で一撫でする。するとその瞬間、彼女の体型や顔立ちがぐにゃりと変形する。数秒後、彼女の姿は俺のよく知る人物になっていた。
「これでどう?」
「何も沙良にならなくてもいいだろ」
俺はその変身の様子を気味悪そうに見ながらそう言う。
「それじゃ、この子ならどう?」
再び頬を人差し指で撫でると、今度は彼女の姿がまた俺のよく知る人物に変化した。
「桜になったところで俺はお前をアリーって呼ぶぞ」
「そう。デートみたいで気に入るかと思ったけど、そうでもない?」
「デートってお前な……。それなら素顔のお前といた方がよっぽどいいよ」
するとその瞬間、彼女の表情に少しだけ赤みが入った。
「色欲の悪魔見習いの存在を全否定された気分。でも悪い気はしない。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
何か言いかけた様子の彼女は俺が聞き返すとそうお茶を濁す。そのまま自分の姿を元に戻すと、目の前のベンチに座る。
「それで、そっちは何の用だ?」
俺も彼女のすぐ隣に座った。
「私の用事は別に大したことはない。会いに行くって言ったから予定を付けて会いに来ただけ。麻梨乃の目を欺くのは大変だった」
彼女は疲れたようにそんな言葉を発する。
「あなたはどうなの? 私に聞きたいことがあるんじゃない?」
「まあな」
俺はそう肯定する。
「まず、ケンが変身してたって言ったけど、あれはどうして分かったんだ?」
「そんなこと? 私には変身している悪魔が放つオーラみたいなのが見えるの。だから分かった。それだけ」
彼女が言うには、悪魔が変身すると禍々しいオーラのようなものが全身からにじみ出るのだそうだ。色欲の悪魔見習いが学ぶ基礎的な演習の1つらしい。
「へー」
「まあ、それがなくてもケンの変身は完全なものとは言えなかったから。私が見つけなくてもそのうちあの二人にはばれてたと思う」
アリーはそんなことを言う。色欲の悪魔見習いからすればケンのはただの付け焼き刃で、どのみち長い間の変身はできないらしい。
「まあ畑違いの勉強だし、仕方ないとは思うけど。むしろあそこまで習得してたことを褒めるべき」
彼女はケンがそれを習得していることに驚いている様子だった。
「なるほど……」
「で、まさかそんなことを聞きたいんじゃないんでしょ?」
彼女は俺を怪しい視線で見つめる。
「まあな。本当に聞きたいことはもっと別にあるさ」
俺はいよいよ本題の質問に入ることにした。




