契約は最長1年で
こいつを追い返すのはこの分だと無理そうだ。だが、こいつをここから追い出すには悪質な願いを叶えてもらわなければならないし、もちろんそれもやりたくない。とすれば、こうするしかないだろう。
「……よし分かった。契約してやってもいいが、条件がある」
「本当ですか? で、その条件っていうのは?」
目を輝かせて聞いてくる彼女。やはり契約などと難しい言葉こそ並べてはいるが、中身はまだそこまで大人ではないらしい。悪魔になりたてだと自分で名乗っていたので当然と言えば当然だったのだが、俺の読みは見事に当たったという訳だ。俺は得意げに彼女に条件を説明し始めた。
「まず、お前は勝手に外出せず、俺が出かけるときだけ一緒に出掛けること。そして、俺が許可したとき以外は他人の願いを叶えるのもダメだ。いいな?」
「はい、分かりました」
面倒事に巻き込まれたくはないが、俺一人の契約で全人類が救われるのなら安いものだ。俺以外の奴の願いを勝手に叶えられても困るので、出掛ける時は常に行動を共にしてもらうこと以外に俺が許可したとき以外の願いを叶えるのもダメ、というのも義務付けておいた。
「とは言っても、あなた以外の人の願いを叶えても私が願いを叶えたことにはカウントされないので、それは別に構いませんよ」
「あれ、そうなのか? まあいいや」
よく分からないが、どうやら俺が気を付けてさえいれば問題はないと考えて良さそうだ。
「で、次だが……。食費は自己負担な」
「えー……」
不満そうな彼女。
「当たり前だ! この短時間でお前が食べたもんを見てみろ! お前にかかる食費でいくら飛んでくと思ってんだよ!」
俺は彼女が手を付けた6杯目のお茶に目を向ける。この間にも彼女は2杯ものお茶を飲み、ストックしてあったお菓子にまで手を付けようとしていた。このペースで食べられてしまってはいくら買っても食糧があっという間に消えてしまうだろう。
「こ、これでも私小食なんですよ!」
「小食だって言うんなら尚のこと食費くらい自己負担できるよな?」
俺は彼女にしてやったり、という顔をして言う。
「うっ……。分かりましたよ」
彼女も墓穴を掘ったことが分かったのか、しぶしぶこの条件も飲んだ。
「まあ三食くらいは出してやるよ。自己負担するのはおやつと2杯目以降のご飯な」
「はーい……」
彼女はすっかりしょぼくれてしまったが、こちらにも財政事情というものが存在するわけで、さすがに彼女の食費で破産するなどという展開だけは避けたいし仕方ないだろう。
「まあこんなところだろうな。この条件で良ければ契約してやってもいいけどどうする?」
「うう……。分かりましたそれでいいですよ……」
これも私が立派な悪魔になるための修行なんだ、とぶつぶつ言いながら魔法陣を引き始める彼女。だが、彼女は気付いていない。俺がどうしてこの契約を結ぶ気になったのか、というそもそもの理由を。
彼女は俺が否定し続けたせいで契約を結ぶことだけで手一杯になっていたようだが、俺はその間にも様々なことを考えていた。例えば彼女の発言を一字一句脳内で反芻したり。例えばその反芻した彼女の発言に穴がないかを確認したり。そしてその発言の穴をつくことができないかを確認したり。
その結果分かったのは、彼女の発言に穴はないが、ルールの裏を突くことは可能である、ということだった。例えばこちらから条件を提示しても向こうは契約しなければならないから多少無理な条件を付けても許されると言ったようなものだ。
そして、彼女の発言のいくつかの部分、そこに俺は引っ掛かりを覚えた。
「私がここに住んでいる間にあなたの欲望を叶えさせてください、と言ったところでしょうか。できれば私利私欲系統の」
「補足しておくと、その叶える願いが邪悪で私利私欲に満ちているほど、私の悪魔としてのランクが上がりますし、それが早ければ早いほど私がここから帰るのも早くなりますね」
彼女はあくまで私利私欲という部分を強調してはいたものの、叶える願いは別に何でもいいのだ。つまり、である。もし俺がここで自分のためではなく、人のために願いを叶えていけばどうなるか。うまく行けば彼女は悪魔ではなく悪魔の皮をかぶった天使のような存在になることができるかもしれない。彼女は悪魔としてのランクを上げないと帰ることができないのだから、俺が自分のために願いを叶えることなく過ごすことができれば、この家にいる期間も長くなることだろう。その間に彼女をいい悪魔に調教してしまえばいい。俺は不敵に笑った。
「あ、そういえば言い忘れてたことがありました」
彼女はふと思い出したように俺に言う。
「何だよ。何かお前の方からつける条件でもあったのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど。この契約ってよほど優秀な悪魔見習いでもなければ、基本的には最長1年契約なんです。というわけで、これからしばらくよろしくお願いしますね」
「えっ」
俺の脳内で立てられた完璧な計画はそこで脆くも崩れ去る。そして俺が呆然としている間に魔法陣が輝き、俺と彼女は晴れて契約成立したのだった。