瞬間移動の秘密
「それじゃあ聞くが桜、お前の叶えてほしい願いは一体何だ?」
ケンは桜の方を見る。
「私を魔界に連れて行ってほしいの」
『……はい?』
全員が同時にそんな間抜けな声を上げた。
「えっ、そんなに変なお願いだったかしら? ほら、樹君も魔界のこと知っておくのは悪いことじゃないし、私はそもそも行ってみたかったし」
桜は戸惑った様子で全員の方をきょろきょろと見る。
「い、いや、変ではないが、こうもっとものすごい願いなのかと」
俺はそう返すことしかできなかった。実際ものすごく拍子抜けしたのは確かだ。もっともこの願いは先ほど彼女自身が言ったように、捉えようによっては私利私欲にもなるし人のためにもなる願いだ。彼女の先ほどの発言からしておそらくこの願いはそのどちらの性質も帯びているものなのだろう。
「魔界に行ってみたいか。ここで俺がその願いを叶えてもいいんだけど、それじゃあここはサラっちに説明してもらおうかな」
一方のケンは桜のその願いに対し、何故か沙良を指名する。
「うーん、まあ説明するのはまだ先にしておこうと思ったんですけど、この際だから説明してしまいましょうか。実は、あなたたちは魔界に一度行かなくてはならないことになっているんです」
『えっ?』
今度は俺と桜が間抜けな声を上げる。
「実は悪魔見習いと行動を共にすることになった契約者は、その契約の後に1度魔界に私たちの報告の付き添いとしてついてくる義務が発生するんです」
「はあ?」
俺は正気かといった様子で聞き返す。
「心配しなくても樹さんとか桜さんの都合のつく日にしますから大丈夫ですよ」
「いやそういう問題じゃなくて」
俺はそういうことが言いたかったのではない。
「じゃあ何なんです?」
「だってお前こないだ機会があればみたいなこと言って、別に行きたくないなら行かなくてもみたいな感じだったじゃねーか」
確かに彼女はこないだ魔界に行くのは義務とは言っていなかったはずだ。そんな話は初耳だった。
「ああ、あれは樹さんがあまりに胡散臭そうな目で私を見てたので説明をやめたんですよ」
「肝心なところで説明やめてんじゃねーよ!」
やはり悪魔見習いは信用できないと俺は心から思った。
「第一、私たちが魔界に戻るだけなら別にリモコンなんか使わなくても自分の能力で戻れますし。わざわざリモコンに能力が入ってる時点で他の使用法を疑わなかった樹さんに落ち度があると思います」
「お前の能力のことなんか知るかよ。それこそ人外もびっくりな能力ばっかり持ってるんだから」
何でこいつにそんなよく分からないことで説教されなきゃならないんだと思う俺だったが、逆にそれは俺のことを能力的に高く見ていると判断できることに途中で気付いたので、それ以上は何も言わないことにした。
「で、結局今日分かったのはお前らの非常識さと悪魔の階級関係だけか」
俺は桜の家から帰る途中、そうため息をつく。
「一応悪魔の能力も教えましたけど」
「あんなに覚えてられるかよ、頭痛くなったわ途中で」
桜の希望もあって、あの後沙良から悪魔の能力について一通り教えてもらったのだが、あまりの数に頭がパンクしそうになったので俺は途中から考えることをやめていた。
「まあ、基本的に良く使うのは瞬間移動と透明になるのと願いを叶えるくらいなので、あとはまた機会があれば見せる感じになるんじゃないかと思いますけどね」
「……やってられるか」
こいつらの能力みてると悪魔とは何でもありなのか、と頭を抱えたくなる。実際悪魔が姿を消せることも人の欲望に付け込んで願いを叶えることも俺がよく知る悪魔の能力ではあるのだが、瞬間移動だけはどうしても納得できなかった。
「ちなみに私とケンの瞬間移動の能力は傲慢の悪魔ルシファーの側近として働いている方から教わったものなので普通の悪魔では使えないんですけどね。私たちの学校にたまたまルシファーの側近の方がいましてそれで教えてもらえたんです」
「たまたまでそんな恐ろしい奴がいてたまるかよ」
俺はもうついていけないと言った様子でそう返す。
「結構気さくな方でしたよ。先生に向かって気さくというのは恐れ多いような気もしますけど、何せその人が能力を本気で使用すると自分どころか他人まで好きな場所に飛ばせるという話ですからね」
「何でそんな恐ろしい奴とお前は知り合いなんだよ」
「一応私の担任の先生でしたからね。ケンが瞬間移動できるのもそのおかげです」
「おいさらっと何とんでもないこと言ってんだお前」
俺は数歩後ずさる。
「別に私にはそれ以外に強い能力はないから大丈夫ですって」
「何が大丈夫なんだよ」
今回桜が開いてくれた会のおかげで、身近にそんな恐ろしい奴がいるということを改めて確認できただけでも十分なのかもしれないと、俺はそう思うのだった。




