悪魔見習いと契約を(拒否権なし)
「お、おい何だよこいつら」
玄関を開けたその先にいたのは鋭く生えた角に漆黒の翼を備えた怪物、いわゆる悪魔と呼ばれる類の化け物だった。それが3匹ほど玄関の前に立ちふさがっていたのだ。
「ああ、そいつらはあなたが私の契約を受け入れてくれるまで帰らない私のしもべですよ」
彼女は3杯目のお茶をすすりながら俺の質問に答える。っていうかこいつ何杯飲む気だ。
「何平然と言ってのけてんだよ早く何とかしろよ!」
「あなたが契約さえしてくれればすぐにでも引っ込めますけど。それが無理ならこの子たちをずっとあなたの家の前に置いときますよ」
「ふざけんな家から出られないだろうが!」
俺は激昂するが、
「だから契約してくれさえすればそれでいいんですって」
彼女は問題ないでしょう、と4杯目のお茶に手をかける。これでは堂々巡りである。もうこうなったら仕方ない。こいつの話をもう少し詳しく聞くしかなさそうだ。俺は彼女の前にもう1度座り直した。
「まずいろいろ聞きたいことがある」
「契約の内容ですか?」
彼女は平然とそんなことを言う。
「違う。お前さっきあの悪魔をしもべとか言ってたよな? お前何者なんだ?」
「ああ、私ですか。そういえば名前しか名乗ってませんでしたっけ」
彼女はポケットから名刺を取り出した。そこには悪魔見習いの文字があった。
「私、悪魔見習いの高梨沙良です」
彼女はそう名乗る。
「えっ? ……はい?」
俺は本日二度目の間抜けな声を上げていた。
「百歩譲ってお前が悪魔だとしよう。だとして、悪魔見習いが悪魔を従えてんのか?」
しばらく経ってからようやく状況の呑み込めた俺は不思議に思って尋ねる。 と言っても実際はまだ半分も信じたとは言えなかった。しかし、玄関先にいた悪魔といい、こいつのこの非常識な言動といい、そうだと考えれば説明がつかないこともないと考えた俺は、結果こいつの言うことを信じることにしたのだ。
「譲るも何も私は悪魔見習いなんですけど、まあ信じてもらえたならいいです。それじゃあ説明しますと、悪魔の中にも階級がありまして。まずは私の扱うことができる下級の悪魔があいつらです。で、それが人間に近い姿を得られるようになると私のように悪魔見習いを名乗ることができるんです。それで、それが様々な試験や修行を積むと悪魔を名乗れるようになると、まあそんな訳なんですよ。今回こちらに来たのもその一環で」
懇切丁寧に説明する悪魔見習い。
「ってことはお前は一応悪魔なのか。それで、今回俺のところに来たのはその試験か修行か何かでどうしても住まわせてもらわなければならない状況だったと。それであんな強硬手段を取ったと、そういうことでいいのか」
「まあそういうことになりますかね。察しが早すぎて怖いです」
「理解してもその反応かよ。ところで、人間に近い姿を得られるってことはお前にも悪魔の姿があるんだよな?」
「そうですね。人間よりも悪魔の方がいいというなら悪魔の姿で接してもいいんですけどどうします?」
「いや、そのままでいい」
しかし、俺の今まで考えていた悪魔とはずいぶんとイメージが違うものだ。名刺を持った悪魔など聞いたことがないし、ここまで丁寧に説明するのもイメージと違うものがある。おそらく彼女たちがまだ見習いだからというのも1つ理由としてあるのだろう。
「で、契約内容を聞こうか。本当に俺はお前をここに住まわせるだけでいいのか?」
「おおっ、とうとう契約してくれる気になりましたか!」
「なってない。話を聞くだけだ」
俺の返答に彼女はがっかりした様子で説明を始めた。
「厳密にはちょっと違いますね。悪魔というのは人の欲望を叶え、その人間を不幸にすることに意味がある生き物ですから、追加でそれ系統のこともしないといけないので」
「お前がここにいる時点で俺はもう相当不幸だがな。ってかそれ言っていいのか?」
「実際人間の方なら大体が悪魔のことならよくみんな知ってますし、玄関先に悪魔を置くことになってしまった時点でそもそも隠す気なんかないですって」
「そりゃそうかもしれんが……」
それでもある程度隠すのがいいんじゃないか、と思う俺だが、彼女にアドバイスするのはやめておいた。今のまま悪魔になってくれれば仮に彼女が悪魔としてもう1度願いを叶えに来たとしても平和な世の中になるに違いないからである。
「で、具体的には何をするんだ?」
俺は話を戻す。
「私がここに住んでいる間にあなたの欲望を叶えさせてください、と言ったところでしょうか。できれば私利私欲系統の」
「じゃあここから出て行ってくれ」
即答する。これ以上ない最高の願いだと思っているくらいだ。
「いや、それはちょっと……。第一そしたら毎日ここに悪魔を連れてやってきますよ」
「それは困るな……」
本気で頭を抱える俺。それはここに住まれるよりもはるかに厄介だ。
「あと、契約を破棄してくれって言うのもダメですね。それは諦めてください」
「そもそもまだ結んでもいないけどな」
突っ込みをいれておく。勝手に契約を結ばれるのだけは死んでもごめんだ。
「補足しておくと、その叶える願いが邪悪で私利私欲に満ちているほど、私の悪魔としてのランクが上がりますし、それが早ければ早いほど私がここから帰るのも早くなりますね」
「願いったってあとでそれ相応の反動が返ってくるんだろこういうのって」
俺はため息をついた。
「いいえ、今回は私の悪魔への昇格試験でここに住まわせることがそのペナルティとなるので、特に反動のようなものは返ってきません。つまりは出血大サービスってやつですね」
「どこで覚えたその言葉」
しかし、とここまで話を聞いた俺は頭を抱える。こいつは否が応でも契約を結びたいらしい。しかも、どこかの誰かを不幸にする内容を願え、とも言ってきた。
(さて、どうするか……)