変わる樹
それから数週間の時が過ぎた。
人間界に戻ってきてからの俺は、何かをするわけでもなくただいたずらに時間だけが過ぎていった。もちろん夏休みの宿題をしたり、最低限の家事をしたり、そういう人並みな行動はしていたものの、それ以外の日は部屋で寝ているような、そんな生活が続いていた。
(一人って、こんなに寂しいもんだったっけ)
ずっと当たり前に隣にいてくれた悪魔、サラ・ファルホークはもういない。その事に俺は言い様のない寂しさを感じていた。そんなある日のことだった。
(ね、明日海行かない? 麻梨乃さんも誘ってさ)
桜からそんなメールが届く。思えば彼女からメールが届いたのは帰ってきてから初めてのことだった。
(OK。んじゃ、場所は前行ったところでいいよな?)
前行ったところ。ケンと俺が入れ替わってアリーと出会うことになった思い出の場所だ。もっとも、桜はその辺りの事情を細かくは覚えていないはずだが。
(そうね。じゃ、楽しみにしてる)
彼女からもそれ以上の返事はなかった。いつもならそこから少しばかりメールが続くはずだが、いつも通りでないのは彼女もまた同じ、ということだろうか。
(でも、桜がわざわざ誘ってくれたってことは、俺とあいつらの繋がりは悪魔見習いだけじゃなかったってことだよな……)
よく考えると高校に入学してからの俺は誰かと遊んだりつるんだり、といったイベントはまるでなかったように思う。それが起こるようになったというか、誰かと話すようになったのは、沙良が来てからだった。
(でも、あいつももういなくなっちまったんだ。俺だって、これから変わってかないとな)
俺は1つの決心をすると、明日の準備を始めた。
……のだが。
「おい、人数多くないか?」
「うん、まあね……。ちょっといろいろあって」
桜はため息をつく。
「いやねえ、多い方が楽しいじゃない」
「一番の原因はお前だよ! 何でお前がここにきてんだ!」
桜と麻梨乃だけが来ると思った海水浴場には、他にも数人の男女が呼ばれていたらしく、合わせて6人の大所帯となっていた。その大所帯の原因を作ったのがこの片桐さつきである。彼女は男2人を連れて桜と麻梨乃についてきたらしい。
「いや、何となくふらふらしてたらさくを見かけたから、マコとシンちゃんも誘ってついてきたと」
「だから何でそうなったんだよ! ってか誰だこの男子たちは」
「私の友達。あれ、でもマコもシンちゃんも一回見たことあるって言ってたけど……」
「そんなバカ……な?」
俺は思い出す。そういえばこいつら一月前に俺が屋上でたそがれてた時に、春野雨がどうとか話してたやつらだ。まさかさつきの知り合いだったとは。
「見たことあったわ……」
「じゃあ問題ないじゃない! オールオッケーモーマンタイよ!」
「訳が分からん……」
頭を抱える俺だったが、まあこうやって仲間の輪を増やしていこうと考えていたのは事実だ。今日は楽しむとしよう。
「あ、俺相原慎吾。こっちは朝日誠。ま、せっかく誘われたってことで、今日はよろしく」
「……そうだな。変に気にしてても仕方ないか。俺は町村樹。よろしく」
こうして俺にまた1つ、新たなつながりができた。
そして夕方、
「何か結局楽しく遊んだだけになっちゃったね」
「そうだな。ところで今日は何かあったのか? たぶんお前のことだから何か俺に話したい話があったんだろ?」
「うん、悪魔見習いたちのことで、ね」
さつきたちと別れた俺と桜、麻梨乃の3人は帰りのバスの車内でそんな話をしていた。少し微妙な空気が流れたことを悟った俺は、少し浅めのところから話を切り出すことにした。
「そういえばお前ら、俺より早く魔界から帰ったんだってな」
「うん。本当は私も桜さんも町村君が目覚めるまで待ちたかったんだけどね。結局先に帰らされちゃったの」
「だから、私たちの別れは結構あっさりっていうか、言いたいこともあんまり言えないような別れ方だった。また会おうね、ってそのくらいだった」
桜だけでなく、麻梨乃の表情にも少しだけ陰りが見える。2人ともおそらく満足した別れ方はできなかったのだろう。
「でも、樹君は何か沙良さんがいなくなってもそんなに変わってないような感じがする。私たちよりしっかりと別れの挨拶をする時間があったってこと?」
「いや、俺と沙良もそんなに長い時間話したわけじゃないよ。ただ、約束したんだ。あいつはきっとその約束を守ってくれるだろうから、俺はそれを信じて待つことにしたんだ」
そう、あの別れの時に俺が耳打ちした言葉。
「次人間界に来るときも、必ず俺のところに来い。今度はお前を悪魔にするため、しっかり俺も契約者として頑張るからさ」
あの言葉を沙良が守ってくれるなら、また俺たちはすぐにでも会える。
「……強いんだね、樹君は」
「そうね。でも、そんな町村君を見て、私たちもちょっとだけ前に進めそうな気がする。今日はありがとね」
麻梨乃も桜もそうお礼を言う。
「いやいや、感謝するのは俺の方だよ。俺だって今日誘ってもらえなかったらきっと悶々としたまま夏休み過ごしてただろうからさ」
「そっか。じゃあ今日誘って良かったのかな」
「ああ。またみんなで遊びに行こうぜ。今度は坂下さんも誘ってさ」
坂下椿、麻梨乃の後輩である。
「ああ、あの子誘ってみてもいいかもね。じゃ、今度は私から声かけてみるから」
そう言った直後、バスが止まる。麻梨乃の家の前だった。
「それじゃ、またね2人とも」
そういって麻梨乃はバスから降りて行った。
 




