決勝戦の前に
「……で、どういうことだよこれ」
バトルロイヤルの予選終了後、契約者との一時合流を許された沙良は俺の下に来たのだが、ラミアに加えて一緒に見知らぬ悪魔見習いを連れてきていた。
「傲慢の悪魔見習いのベルガ・ジュアーヴォさんです」
「いや、最初から説明してくれ。いきなりテレパシー切ったと思ったら何がどうなってこうなったんだ」
俺からすれば悪魔見習いがいつの間にか1匹増えただけだ。これ以上の厄介ごとはできる限り避けたいのだが……。
「私はこっちの決勝戦に出ないといけないので、少しの間だけベルガさんとラミアさんの2人に樹さんの護衛を任せることにしました。この2人なら信用できますし、樹さんにも協力的に動いてくれるはずです。おそらく樹さんの考えの通りに行動できるはずかと」
「それはいいんだけど、お前は決勝戦でどうするつもりなんだ?」
このままでは俺の目的を果たせても、沙良が宙ぶらりんになってしまいそうな気がする。
「私はアリーの説得をしてみます。あの子の協力がないと今回はちょっと厳しいと思うので。ついでにジョーさんとも話をしてみて、詳しいことが分かったら改めてまた連絡を入れます」
「……それがお前の考える最良の選択なんだな?」
俺は聞く。沙良の目に迷いはなかった。
「はい。今回は私が傍にいるよりも、互いに離れて協力した方がいいという判断です。私が樹さんの事情に深入りするのも避けた方が良さそうですし」
「分かった。それじゃ、今回は別行動だ。ただ1つ約束してくれ。互いに何か危険になったら必ず連絡を入れること。どうもこの中間試験は全体的に怪しい動きが多すぎる。俺もお前も必ず自分の身の安全を第一に動くんだ。いいな?」
「もちろんです。お互い必ず無事で会いましょう」
沙良は俺と硬い約束を交わし、決勝戦へと戻っていった。
「それで樹、お前はこの中間試験の間、何をしようとしている?」
沙良が去った後、ラミアが俺に聞いてくる。
「それを説明する前に、沙良が連れてきたこの悪魔見習いのことを少し知りたい。自己紹介してくれないか? えっと……」
「ベルガ・ジュアーヴォ。傲慢の悪魔見習いよ」
俺がみなまで言う前に、翡翠色の彼女は自己紹介をしてくれた。
「最初はサラ・ファルホークが勝つまでは協力しないつもりだったんだけどね。あの子の表情が不気味なくらい切羽詰まってたから、事情は分からないけど協力してあげることにしたのよ」
「……あんた、結構いいやつなんだな?」
「その場の勢いに飲まれるタイプなのよ。それで、あの子がいう大変な事情っていうのは何なの?」
ベルガの話によると、どうやら沙良から詳しい説明を聞くことなくついてきただけらしい。俺が沙良に何も話していないので当然と言えば当然だったのだが。
「私も何も聞いてないからな。そろそろお前が聞いた話というのを聞かせてはくれないか?」
「そうだな。まあここでなら話してもいいか」
信用できそうな悪魔見習いであることを判断した俺は、ようやく他の悪魔に事情を話すことを決意した。
「実は、俺の友人がある悪魔に成り代わってる可能性がある」
『!?』
2人は驚いた表情をした後、首を傾げる表情をした。
「それはどういうことなのだ?」
ラミアの質問に俺はブラードから聞いた話を全て説明する。
「ふーん、つまり、サラの父親から聞いた情報を正しいと判断して考えてるわけね。でも、その情報に信憑性はあるの?」
「なくはない。今までを考えてみると、怪しい行動は何度かあったんだ」
この中間試験も、再試験の時も。もっと思い返せば俺たちに会いに来たあの時も。よくよく考えるといくつか怪しい行動はあったのだ。だから、俺は明言する。信じたい気持ちを押し殺しながら、その悪魔の名を告げる。
「俺たちが最優先にすべきことは1つ。失楽の悪魔、マーラ・グリタニアへの接触だ」
一方その頃、
「……ばれちゃった?」
契約者との一時合流と称して間に挟まれた時間に、マーラ・グリタニアはミルダ・ファルホークとゼノ・ファミューによる尋問を受けていた。他の悪魔はおのおの好きな時間を過ごしているため、このことについては何も気付いてはいない。当然のことながらこの空き時間を作ったのはゼノの一存である。
「やはりあなたはマーラさんではなかったんですね。再試験の時からおかしいとは踏んでましたが。信じようと思っていただけに残念です」
暴食の悪魔ゼノ・ファミューはマーラのことを睨む。
「どういうことじゃ? これがマーラでないのならこやつは誰なのじゃ?」
ミルダは問い詰めるようにゼノに尋ねる。
「こいつは人間界と魔界で大事件を引き起こした人間、成島翔ですよ。何をどうやってマーラさんの体を乗っ取ったのかは知りませんが……」
「!?」
ミルダは言葉を失う。
「そこまでばれてるならこの口調で話す意味もないかしら。ふふっ。まあ、体を乗っ取ったっていうのは不正解だけどね。完璧に化けたつもりだったんだけどなあ」
「いいから正体を現してください。あなたにはいろいろ聞かなければならないこともあります。昨日あなたが話していた得体の知れない悪魔の存在とかも含めてですね」
「そこまで見られてたのか。じゃあはいはい、お望み通りに」
その瞬間、マーラの姿がぐにゃりと歪む。現れたのはあの成島翔の姿そのものだった。
「……確かにあなたは何者かに殺害されたはず。ですが、この際それについてはどうでもいいでしょう。まず一番知りたいのは本物のマーラさんをどこへやったのかです。事と次第によってはどうなるか……」
怒りに声を震わせながらゼノは尋ねる。
「本物なら生きてるよ。どことは言えないけどね。それと1つ訂正を」
その瞬間、ゼノとミルダの視界もまた歪む。
「これ、は……」
「今の僕は人間じゃない。失楽の悪魔、成島翔さ。君達に僕と語る資格などありはしない」
ミルダとゼノは薄れゆく意識の中、その言葉を最後に聞き取るのだった。




