圧倒的な実力
「な、何があったんですかベルガさん!」
沙良は樹との通信をいったん切り上げ、先ほど知り合ったばかりの傲慢の悪魔見習いベルガ・ジュアーヴォに事の真相を聞きに来た。
「何がって……。どうもこうもないわよ。何なのあの悪魔見習い。アリー・サンタモニカだっけ? あいつが強すぎるのよ。おかげでこっちの指示してた悪魔とは別の悪魔が勝ち残っちゃったわ」
説明するのも面倒だ、といったようにベルガはため息をつく。そもそもなぜここに聞きに来たのか、というかという顔までされたが、こちらとしてもそれどころではない。
「……それ、どういうことですか?」
アリーが強すぎる、という字面も気になったが、本来勝ち残る予定だった人物が負けてしまった、というのは大きく気になるところだ。
「何、あなたさっきの試合見てなかったの? 仕方ないわね、じゃあ説明してあげる」
ベルガは得意げに何がどうなってこのような結末になったのかを話してくれた。
「まずこっちの予定では、当初決勝に進ませる予定だったのはケン・ゾークラスとアリー・サンタモニカの2人だった。でも、そのケンがアリーと出合い頭に落とされたのよ」
ベルガの話によると、会話を求めてきたケンに対しアリーがいきなり発砲、ケンも構えて反射的に水鉄砲を放ったものの、綺麗によけられてしまい、結果的にケンだけが脱落してしまったのだという。
「で、その後よ問題は。もしケンが落とされた場合、次に残すべきはティーナ・フレンディアかガイン・ハルベルトの2人だったんだけど、次にアリーが会っちゃったのがティーナだったのよね」
ティーナは失楽の能力を使用しながらアリーを徐々に徐々に追い詰めていったのだという。ところが、ここで大きな誤算が発生したのだ。
「ルール説明の時にレヴィアタン様がおっしゃってたことを覚えてる? リタイア前に放たれた水鉄砲が命中した場合のくだり」
「ああ、あの最後の追加ルールですね?」
沙良がぎりぎりで聞き逃さなかったあの追加ルールのことだ。
「追加ルールとしては、リタイアになった悪魔見習いが水鉄砲を命中させても無効ってことかしら。つまり、リタイアさせればその悪魔見習いがゲームに参加することは許されないってことね。ただし、リタイア前にひかれた引き金によって水鉄砲が命中した場合は有効。つまり、相打ちの場合は互いにリタイアするってこと。ここ重要だからよく覚えておいてね」
「で、あれがどうしたんですか?」
「アリーね、追い詰められてるふりしてケンがさっき撃った水鉄砲が水たまりになってるところまでうまく逃げたのよ。で、その水たまりをうまく跨いで、ティーナに水たまりを踏ませてリタイア」
「えっ!?」
沙良は純粋に驚く。まさかあの追加ルールにそんな使い方があったとは思わなかった。
「私もそれは盲点だったわ。一歩間違えたらあなたをリタイアさせてたかもしれないし、逆に足止めにもならなかったかもしれない」
ベルガは考える人のようなポーズをしながら言う。実は誰かに話したかったのではないだろうか。
「で、ここまで大体2分くらいね。で、あとはガインを足止めしてた私たちみたいなグループが4人いたんだけど、その5人のグループに空中から不意打ちで水鉄砲を浴びせて同時リタイア。で、一番水鉄砲がかかるのが遅かったシェイド・カルベリアが残ったってわけ。ここまでで3分くらいかしらね。あんまり早いもんだから私もただただ画面に見入るだけだったわ。でもあの子何でこの大会に命かけてるのかしら。そこまで大事な理由があるとも思えないんだけど」
(あの子、本気で1人でどこまでやれるかを試してるんだ……)
沙良は改めてアリーの決意の重さを知る。解決すべき問題が増えてしまったが、もうそれは仕方ない。決勝戦に進んでしまった以上は他の悪魔にすべてを任せるしかないのだ。
「それで、あなたはどう?」
「……? 何がですか?」
「何がって、あのアリーに勝てるかって話よ。私は正直あの子に勝てる悪魔がいるとは思ってない。私の正体をあっさり見破ったあなたですら、相手にならないと考えてるの。さっきは協力するって言ったけど、あの様子だとどうやら約束そのものが反故になりそうね」
そう言ったベルガは踵を返して沙良の元から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ私が負けるとは決まってないじゃないですか」
「あら、じゃあ勝てる見込みがあるっていうのね?」
ベルガは振り返る。
「それは……」
そういえばそんなことは考えたこともなかったと沙良は気付く。アリーに勝とうなどということはまるで考えていなかった。目の前でもっと大きな案件が転がっているとしても、一生懸命戦っている彼女に対してそれはあまりに失礼なことではないか。
「……そうですね。私は目の前の勝利のことすら考えていなかったように思います」
「でしょう? まあそんな悪魔に負けてる私が言うのもなんだけど、あなたはまず目の前の試合に集中するべきね。見たところあなた、何か別のことばかり考えてるみたいだから」
ベルガはぴしゃりと言い当てる。
「はい……」
「それが例えどんなに大事なことでも、他のことを優先するべきなのかはよく考えるべきね。私から言えるのはそんなところよ。それじゃ」
今度こそ用事は済んだ、とばかりにその場を立ち去ろうとするベルガ。
「ベルガさん!」
少し悩んだ沙良は何かを決意したように彼女の名前を呼ぶ。
「……何かしら?」
「事情は説明します。約束、前倒ししてもらえませんか?」




