思惑の錯綜
「樹さんどうぞ。朝食です」
「お、おう。ありがとう」
(結局昨日のは夢……だったのか?)
沙良から出された食事を食べながら俺は考える。夢の中にブラードが現れ、俺にある悪魔が人間だと伝えてきた件についてだ。もちろんにわかには信じがたい話だが、自分の夢とだけで片付けるには妙にリアリティがあったようにも感じる。それに一番気になったのは、
「サラにも言うな」
とまで言い切ったブラードの言葉の真意である。普通なら自分の娘くらいには真っ先に伝えそうなものだが、それをしなかったということは何かそれ相応の事情があるということになる。この場合考えられそうな事情は2つ、1つは情報に信憑性がない場合だ。だが、わざわざ俺の夢の中にまで出てきて伝えた情報に嘘があるとも考えにくい。とすれば答えは1つ、
(……悪魔の側に裏切り者がいるってことか?)
沙良から情報が洩れることを恐れていると考えれば辻褄は合うが、なぜブラードはこの情報が洩れることをそこまで恐れているというのだろう。
「……樹さん?」
「んあっ!?」
とそこまで考えたとき、いきなり沙良に覗き込まれた俺はそんな間抜けな声を上げる。
「今日の試験のことで何か考えごとですか?」
「そんなところだ」
俺は適当にごまかす。
「今日の試験のことなら大丈夫ですよ。必ず勝ってみせますから」
沙良は自信満々に言い切ると、着替えてくるので樹さんも準備をしておいてくださいね、と言って部屋を後にした。
「……まあいいや、俺もとりあえず着替えるか」
そう言って服のボタンに手をかけた俺は、胸ポケットに何かの紙が入っているのに気付いた。
(……差出人はブラードさんみたいだな)
俺はその手紙の内容に目を通す。昨日の情報はどうやら知らない悪魔とその悪魔が話していたことを盗み聞きした情報であることが書かれていた。たまたま裏路地の道を通ったときに聞こえてきたのだそうだ。時間にすると俺と沙良がちょうど帰宅してから数時間後のことらしい。それに加えて次のようなことが一緒に添付されていた。
(俺が昨日話した情報を掴んだのは全くの偶然だったが、魔界の様子が何やらおかしな方向に向かってるのは間違いねえ。聞こえてきた話、どうも複数の悪魔が魔界を裏切ろうとしてやがる。お前に話してどうにかなるものとも思えねえが、お前の頭が切れることを見越しての情報共有だ。うまくやってくれ)
「……そんなむちゃくちゃな」
誰に話すわけでもなくうまくやれ、というのは無理難題すぎるものがあるというものだ。だが、俺としてもこの問題に決着をつけないわけにはいかないだろう。ブラードの話を事実だとするなら、おそらく人間だった悪魔というのはあいつに他ならないのだから。
(とりあえずこの試験の進行次第だ。魔界のことは最悪どうでもいいが、俺の知り合いが関わってるのなら話は別だ。沙良が試験を受けてる間にどうにかできればいいんだが。しかし、あいつは聞いた話だと死んだはず。どうなってるんだ?)
俺はその手紙をそっと別の場所にしまうと、準備を再開するのだった。
(樹さんたちが無条件で協力してくれたのはありがたいとはいえ、今回の試験には怪しいところが多すぎる。サラさんには全力で戦ってもらうとしても、試験の間の動向については私もきちんと監視しておく必要がありそうですね)
その頃、暴食の悪魔ベルゼブブことゼノは、自分の受け持つ暴食の部屋でそんなことを考えていた。もっとも、沙良を信じていなければあんな言葉をかけたりはしない。
(それに一番ひっかかるのはもう一人……)
ゼノが気にしているのはもう一人、今のところ怪しい動きこそ見せていないものの、彼にはどうしても信用しきれていない悪魔がいた。
(確かに私は彼を信頼すべき立場なのかもしれませんが、これまでのいきさつを考えると、彼のことはよく監視しておいた方がいいでしょうね。よく考えてもみればタイミングが良すぎます)
何にしても今日の試験が勝負だ。ベルゼブブは気合いを入れるため頬を2回叩くと、試験会場に向かった。
(……まさか○○の悪魔見習いになるとは思わなかったなあ)
一方、別の場所ではある悪魔見習いもそんなことを考えていた。
(とはいえ、今はまだ動きを見せるときじゃない。動くのは決勝戦、そこですべてが決まる。せっかくここまでやったんだ。最後までしくじらないようにしないとね)
この悪魔見習いもまたそんな覚悟を決めて会場に向かうのだった。
そしてそれぞれの思惑が渦巻く中、時は来た。
「あーあー、みんな揃ってるかしら?」
7つの大罪とマーラさん含む8人の悪魔全員が見守る中、マイクテストも兼ねてメルが第一声を発する。その場には選び抜かれた15名の悪魔見習いたちが集っていた。また、会場の外にはその悪魔見習いたちの契約者である人間たちがやはり同じく15名集められていた。1人足りないのではないか、と俺は周りを見渡す。だが、ローブを被った怪しい2匹の悪魔見習い以外は、会場にいる中でおかしな悪魔見習いはいないと考えて良さそうだった。
「大丈夫そうね。そんじゃ、今からバトルロイヤルのルール説明を始めるからよーっく聞くこと」
しかし、メルはまるで初めから15人で揃っているかのように、そんな前置きをしてからルール説明を始めるのだった。




