難題とサラの秘密
「ま、解けなきゃさっさと人間界に帰れ」
そう言いながら沙良の父親は地面に漢字でいくつかの色を書いていった。
「赤、青、黄、緑、白……?」
「そうだ。このうち、上の4色に俺が今から数字を振る。白の数字が何なのかを当てたらお前の勝ち、当たらなきゃお前の負けだ」
そう言いながら数字を割り振っていく父親。赤は2、青も2、黄が1、緑が1だった。
「さ、解いてみな。答えは一発勝負。当たれば入れてやるが、負けたら知らん。ヒントはもちろんなしだ」
「……」
なかなか無茶な問題を出す父親だ。赤と青が2で黄が1だから文字の数なのかと思ったが、どうもそう単純な問題ではないらしい。だとすれば緑は3のはずだし、もしそうなら白は2だと即答できた。だが、実際のところ緑は1。つまりこの法則は崩れることになる。
「樹さん……」
「おっとお前も相談するのはダメだぞサラ。お前の条件を最大限飲んでやってるんだ。こっちの条件だって飲んでもらわねーとな」
俺の方に寄ろうとした沙良は父親の鋭い声に動きを止めてしまう。母親があのミルダ・ファルホークだったから厳しいのは母親だけなのかと思ったが、どうもそういうわけでもないらしい。むしろ沙良の父親は一度決めたルールの枠から決してはみ出さないという点では母親よりも頑固な一面があるように思えた。
(……そもそもこの問題はそのまま解いてもいいものなのか?)
俺は少し考え、文字を変換してみることにした。まずはアルファベットだ。
(AKA AO KI MIDORI)
これだと赤が3、青が2、黄が2、緑が6になってしまう。ならば英語にしてみよう。
(RED BLUE YELLOW GREEN)
今度は赤3、青4、黄が6、緑が5だ。どうやらこの考えは当たってはいないようだ。
(変換するわけじゃないのか……?)
考えの当てが外れたために俺は再び悩むことになってしまった。
(発想を変えてみるか。まず今回の問題では2以上の数は出てきてない。ってことはこの色の中には少なくとも2以上の法則はないってことだ)
つまり、この色の中に大きな数字は含まれていないことになる。ならば、視点そのものを変えてみよう。
(……例えば文字の中に含まれてる空間の数、とか)
漢字は見るからに黄色の空間の数が多いので、まずはひらがなからやってみる。
(あか、あお、き、みどり……。左から2、3、0、1)
これではなさそうだ。だが、数字を考えてみるとこの考えは当たりかもしれない。次にアルファベット。
(AKA AO KI MIDORI……。左から2、2、0、2。これも違うか)
次に英語に変換してみる。
(RED BLUE YELLOW GREEN……。左から2、2、1、1……これだ!)
法則性は分かった。あとは白を英語に変換すればいい。白は英語でWHITE。つまり答えは……。
「分かりました。答えは0です」
「理由は? それが答えられなきゃ正解には……」
「この問題の答えはこの色を英語にしたときに文字にある空間の数です。赤ならREDなのでRとDに1つずつで2つ。青はBLUEなのでBに2つで同じく2つ。YELLOWとGREENはOとRに1つずつなのでそれぞれ1つ。あとは白を英語に直してWHITEだから0。これが答えです」
俺の解答を聞いた沙良の父親はほう、とそこで初めて俺に興味を持ったような反応を示した。
「この速さでこの問題を解くか。分かった、お前がうちの娘の契約者の資格があることは認めてやる」
そう言うと、沙良の父親は俺と沙良を手招きする。
「中に来い。自己紹介からしてやる」
沙良の父親に案内してもらい中に入ると、彼女の家は思った以上にゆったりとしていた。
「俺の名前はブラード・ファルホーク。知っての通りサラの父親だが……」
そう名乗った彼はくるりと振り返り、鋭く生えた八重歯を見せる。
「!?」
「見ての通り俺は吸血鬼、いわゆるヴァンパイアってやつだ。その都合上、他の悪魔にこの住処はあんまり見せたくないんでな。俺が認めたやつしか中には入れねーのさ」
父親はそう言うとまた前を向き、無言で歩き出した。代わりに沙良が口を開く。
「……まあ驚きますよね。この事を知ってるのは悪魔だとアリーくらいなものですから」
「……じゃあお前も?」
恐る恐る沙良に尋ねる俺。
「いえ、私にそちらの能力はないです。一緒に住んでて血を吸ったりとかもなかったでしょう?」
「それもそうだな……」
そういえばいつぞや誘拐された時に彼女がやたらと吸血鬼に対する憧れを強調していたことがあった。その理由はここにあったのだろう。
「それっぽい能力だと他の悪魔より寿命が長いみたいですけど、それも完全な不老不死じゃないですしね。太陽の光が苦手なわけでもないので本当におまけみたいな肩書ですよ」
そこまで言った彼女はでも、と思い返す。
「他の悪魔より回復力は高いみたいですね。そのくらいじゃないでしょうか」
「十分じゃねーかそれ?」
どこに不満を抱くのか分からないが、とりあえず沙良には吸血鬼に対する憧れが相当あるようだ。
「ほら、着いたぞ」
ブラードは1つの部屋の前に立つとドアを開ける。
「ここは好きに使わせてやる。俺が案内する部屋の中で一番いい場所だ。大切に使いな」
そう言ったブラードは既に姿を消していた。
「……あれは認められたってことでいいのか?」
「はい。かなり気に入ったみたいですね。お父様は素直じゃないところがあるので……」
沙良は微笑んだ。




