来客には手料理を
「……今日の午後お前と同じ悪魔見習いが遊びに来る?」
休日、悪魔見習いの高梨沙良から突然そんなことを聞かされ、俺は聞き返す。
「はい。こないだ言ってた人です」
「お前のせいで少しの間家から閉め出された時に会ってた奴だな?」
俺は先日鍵を彼女に持たせたまま外出させてしまったために、家に数分間入れなかったことを思い出す。もっともあの時は俺が体操服を忘れてしまったのもいけなかったのだが。
「そうですけど、それはもういいじゃないですか」
「良くねえよ! さらっと水に流そうとしてんじゃねえ!」
俺は叫ぶ。こちらにも落ち度はあったかもしれないが、全く悪気なく忘れられてしまっても困るのだ。
「フランクフルトおいしかったじゃないですか」
「あれ買ってきたの俺じゃねーか」
「……で、彼の住居先の女の子も一緒に来るそうですよ」
(こいつ話すり替えやがったな)
「女の子?」
が、俺も気になることがあったのでこの話は切り上げることにした。
「はい。私と同じように彼もまた仮暮らしの状態なので」
「一応許可もらって住んでるんだから仮暮らしって言い方はやめてやれよ」
「では、居候で。その居候させてもらってる家の人は何でも樹さんと同じ高校の女の子だそうですよ」
「同じ高校ねえ……。そうは言ったって俺がその女の子と顔見知りだとは思えないんだがなあ」
俺はそう言いつつ、この間すぐ隣の席のやつが深刻な顔で悩んでいたのを思い出す。
(いや、まさかな)
俺はその考えをすぐに頭から打ち消した。そんな絵に描いたような偶然がそうそう起こってたまるか。
「まあ、知らないなら仲良くしておくのもいい機会かもしれませんよ。ほら、先輩とかだったら勉強を教えてもらえる系のイベントが発生するかもしれませんし」
「ラブコメの主人公になる気なんかさらさらねーよ。まあ顔見知りになっておくのは悪くないとは思うけどな」
思い出す。そうだ、俺の目的はこいつを悪魔にさせないこと。ならば、知り合いになっておけば万が一にも協力してもらえる可能性は十分にありうる。ならば、ここでできる限り仲良くなっておくのは俺にとって決してマイナス方向には働かないだろう。
「で、ここに呼んでも大丈夫ですか?」
「事後承諾なのが気に食わねーけど、とりあえずは大丈夫だな。今度から人を呼ぶときはせめて前日か何かにしてくれ。お茶請けくらいは用意しないと申し訳ないし」
「分かりました。今度からは気を付けます」
沙良がそう答える。最も今日は幸いにしてきちんとお菓子のストックもあるし、そのお菓子も割と甘めのチョコレート、塩味のお煎餅にお茶と炭酸にグレープジュースまである。人を呼んでもどうにかなるだろう。もっとも、沙良が食べ過ぎなければの話だが。
「とりあえず来客用に出すんだからお菓子は食べすぎないようにしろよ」
「分かってますって。さすがにそんなに食べませんよ」
「お前の今までの行動を考えると心配だから言ってんだよ」
一応釘は差しておいたが、はたしてこれがどこまで効くのかは俺も分からない。悪魔のこいつに期待するのもなんだが、彼女の良心に任せるしかないだろう。
「んで、そいつはいつ来るんだ?」
「あと3時間後くらいですかねえ。1時くらいに来るって言ってたので」
「本当に報告がギリギリだなお前」
「こ、今回はさっき急に決まったので……」
聞けば、今から数十分前にその悪魔見習いから彼女に連絡が来たらしい。元々また会おうという約束はしていたそうなのだが、それが数日後になるとは彼女も思っていなかったようだ。
「まあいいや。んじゃ、お前もちょっと準備手伝え。お前の来客でもあるんだからな」
「はい! それはもちろん!」
彼女はリモコンを取り出す。ってリモコン?
「お前そのリモコンで何する気だよ」
「いえ、せっかくなので料理でも作ろうと思いまして」
「……材料費は自己負担しろよ」
俺は最初に念を押しておく。今この家には大した食料が残っていないからだ。残っているのは先ほどのお茶菓子と飲み物くらいなもので、今日は本当は買い出しに行く予定だった程の食糧難だった。
「ああ、それはご心配なく」
だが彼女は平然と指を鳴らす。すると様々な食材が俺の目の前に現れた。これは彼女の能力を発動させるためのもので、彼女が指を鳴らすと誰かの願いが叶うのだ。この様子だとどうやら自分の願いでも叶えられるらしい。
「私の願いを叶える能力とこのシラベールさえあれば問題ないですから」
リモコンはシラベールを取り出すのに使ったらしい。が、俺には1つ気になることがあった。
「……ちなみにその食材はどこから調達したんだ?」
「えっと、ちょっとそこらの店から拝借……」
「馬鹿野郎! 今すぐ戻して来い!」
彼女の発言を皆まで聞く前に俺はぴしゃりと言い放った。
「えーいいじゃないですか別に樹さんの願いじゃないんですし」
「ダメなもんはダメだ。しょうがねえ、買ってきてやるからそこに書けよ」
結局俺は彼女にメモをさせ、買い物に出かけることになったのだった。




