魔界名物その② 謎のゴリラ
「さて、次は動物園をお見せしましょう」
コーントマトを食べ終えた俺たちに、今度は沙良がそう提案する。
「動物園? 魔界まで来てか?」
俺は首をひねる。何も今更見に来るところではないだろう。動物園なら人間界でも見ることはできるのだから。
「まあまあ、結構珍しい動物もいるんですよ。きっと人間界では見ることのできない動物たちもいますから」
「そうだよタツッキー。行こうよ動物園」
「お前はいつからそんなに俺たちに馴染んだんだよ片桐。でもま、そこまで言うなら見せてもらうぜ。その魔界の動物園ってやつを」
だが、見ることのできない動物がいるとまで言われてしまっては、俺としても見てみたい気分に駆られたのも事実、ここは素直に沙良に案内してもらうことにした。
「そうこなくっちゃ。それじゃ、ついてきてください。小さい動物園なのですぐに回りきれるはずですから」
沙良はそう言うと、歩き出して俺たちを手招きする。俺とさつきはその後についていくのだった。
「着きましたよ」
沙良に案内されて着いたところは、動物園と呼ぶにはあまりに小さすぎる場所だった。
「……さびれてんなー」
「ずいぶん小さいところに見えるけど」
「まあまあ、ここも昔からの行きつけなんですよ。ちょっと待っててください」
そういった沙良はまたも一人で先に動物園の中に入って行ってしまった。
「おばさんこんにちは!」
そんな声が聞こえてくる。
「なんかこのやり取りさっきも聞いた気がするんだけど」
「結構沙良さんって商売上手なのかもね」
俺たちがいくつかそんな会話を交わしているうちに、沙良が戻ってきた。
「大丈夫だそうです。樹さんと沙良さんの分の入園料は無料にしておきました」
「……お前すごいな?」
その手腕に素直に驚きを示す俺。
「母親のコネはこういうところで使っておかないとってことです」
「ああ、そういうことか」
何かうまく行き過ぎていると思ったが、どうやら沙良によると今回っている場所はすでに一度母親と来たことのある場所らしい。色欲の悪魔と一緒にいる子供とあれば、今後のことを考えて優しくしてくれる人が多いというのも頷ける話である。
「とは言っても、お母様が私をここに連れてきてくれた時も、最初は樹さんと同じような感想を抱いてました。どうしてこんな小さなところに? って。でも、今この年になってみると何となく分かることもあります。大きなところだけじゃなくて、こういう小さな風情あるところも大事にしていかなきゃいけないんだなって、お母様はそう私に伝えたかったんだと思います」
「そうだな。きっとこういうところはこれからも残していかなきゃいけないだろうし」
俺も頷く。きちんとそういうことを沙良が学んでいるだけでも、ミルダの教育方針のすごさを感じずにはいられない俺だった。
「さて、それじゃ行きましょう。ここにいる動物は3匹ですけど、珍しいものが揃ってるので」
「わーい楽しみ」
「調子に乗るなっての」
そんなことを言いながら、俺たちは動物園の中に入っていった。
「まずはこれです。ゴリラゴリラゴリラゴリラっていうんですけど」
頑丈なすりガラスの中にいるごく普通のゴリラを見て、沙良はそう説明する。檻が広い理由が分からないが、それ以上に分からないのはなぜゴリラがガラスの中に隔離されているのかということだ。
「……最初がこれか?」
俺は露骨に期待外れだという反応をする。
「ってか、それってニシローランドゴリラの正式名称じゃなかったっけ?」
さつきがそんな質問をする。
「いえ、それはゴリラゴリラゴリラです。このゴリラは空を飛ぶんですけど、そのせいでゴリラが1個増えたんですよね」
「へー。ちなみにこのゴリラの血液型も人間で言うB型だったりするの?」
「いえ、このゴリラはO型らしいですよ。何かの突然変異で産まれたらしいです」
「……お前ら何の話してんだ?」
2人で白熱した話をするさつきと沙良に俺はストップをかけた。
「ああ、樹さんは知らないんですね。ゴリラの学名はゴリラゴリラっていうんですけど、ローランドゴリラの学名はゴリラゴリラゴリラっていうんです」
沙良が俺に詳しい解説を始める。
「ゴリラがゲシュタルト崩壊しそうなんだけど」
「で、ゴリラの血液型っていうのは人間でいうとB型しか存在しないそうなんですが、このゴリラは何がどうなったのかは分かりませんけど、O型として生まれてきたらしいんです。何から何まで規格外ですよね」
「もう訳分かんねーな」
「ちなみになんだけど、ゴリラは群れからはぐれると、同性同士で体を温めあうらしいよ。このゴリラは一匹狼みたいだからそういうのはないと思うけど。でも、群れで生活するはずのゴリラが一匹でいるのも珍しいな」
さつきもそんな補足説明をする。
「何でお前ゴリラのことそんなに詳しいんだ?」
「うーん、ネットかな。優れた情報収集手段のある人間はあらゆる噂を網羅するから。タツッキーもまずはゴリラマイスターを極めるところから始めてみればいいんじゃないかな?」
「何で俺がゴリラをそこまで知らなきゃいけないんだよ」
「あっ、見てください! ゴリラが羽を広げますよ!」
その言い回しもおかしなものだ、とは思ったが、俺もさつきもゴリラの方を見る。すると、確かに白鳥のような形の茶色の翼を広げてゴリラが空を飛んでいた。
「……あれ、何がどうなってんだ?」
「私もよく分かりません」
俺の疑問に沙良も首をかしげるばかりだった。




