魔界名物その① コーントマト
「……それで、片桐も一緒に連れてくことになっちまったわけだけど」
「ねえねえ、これからどうするの?」
「お前はちょっと黙ってろ」
面倒ごとを起こした張本人がこんな感じでは対応のしようがない。
「……そうですね、ひとまずベルゼブブ様へ挨拶するのは後にして、さつきさんと樹さんに魔界を堪能してもらいましょう」
「魔界を?」
「堪能?」
俺は疑問系、さつきはわくわくを抑えきれない様子で聞いた。
「はい。まあこのままさつきさんをほっとくわけにもいかないので、私が二人を案内しながらベルゼブブ様にどうするか聞いてみます。こっちに来た以上はお母さんにも挨拶しないといけませんからね」
「そうだな、じゃあそんな感じで行くか」
俺たちの意見がまとまったのを見ると、さつきの目の色が変わる。
「いやあお二人とも悪いねーぐへへ」
「ゲスな笑い方やめろ。ってか悪いと思ってるなら今すぐ帰ってくれてもいいんだけどな?」
「そいつは無理な相談ですぜ旦那ぁ」
「お前キャラ安定しなさすぎだろ」
ひとしきり突っ込みを入れきった俺は、沙良の方を向く。
「で、お前はどこを案内してくれるんだ沙良?」
「そうですね、まずは1丁目名物コーントマトでいきましょう」
『コーントマト?』
俺とさつきが声を揃える。
「仲良いですね2人とも。まあ、ついてきてくれれば分かりますよ」
沙良はそう言うとすたすたと俺たちを置いて歩き始めた。
「よし行こうタツッキー!」
「言われなくてもついてくよ。ここで置いてかれたら帰れねーんだから」
さつきのハイテンションの釣り合いを取るかのように、俺はローテンションで反応するのだった。
「ここです。よくここでコーントマトを食べたんですよね」
沙良が立ち止まったのはビニールハウスのある一軒の家だった。
「お前の思い出かよ」
「まあ半分は。ただ、人間界にはないものなのでぜひ見てもらおうかと思いまして」
「聞いたことないからねえコーントマトなんて。トマトなのは確かなんだろうけどさ」
後ろの片桐も同調する。かく言う俺もどんなものなのか気になっているのは確かだった。
「そういうわけで、ちょっと待っててください。見たら驚きますから」
そう言うと沙良はビニールハウスの中に入っていってしまった。
「こんにちはおじさん、コーントマト1つもらっていいですか?」
「おっ、サラちゃんか久しぶりだね。人間界に試験に行ってるんじゃなかったっけ?」
「今中間試験でこっちに帰ってきてるんですよー」
「そうだったのかい。それじゃあ大変だろうし、1本サービスしとくから持ってきな」
「ありがとうおじさん!」
中でのそんなやり取りが聞こえてくると、その数分後には何かの入ったビニール袋を持った沙良が出てきた。
「お待たせしました。これがコーントマトです。このお皿の上で持っていてくださいね」
そう言ってビニール袋からお皿を取り出すと、俺とさつきにコーントマトを手渡す沙良。
「こりゃ、面白いな……」
「初めて見たわね……」
俺もさつきも感動したようにそのコーントマトを見る。トマト自体は何の変哲もない普通のトマトなのだが、それがとうもろこしの粒のように小さくたくさんなっているのである。
「まあこのまま食べると汁が飛び散って酷いことになるので、2人とも幹の太い部分を見ていただけますか?」
「太い部分?」
沙良に言われた通りその場所を見ると、何やらボタンのようなものがついていた。普通のとうもろこしにはこんなものはついていないはずだ。
「このボタンみたいなの押してもいいのか?」
「はい、というかそれに関しては押すためにあるので」
「わーすごーい!」
俺が沙良とやり取りをしているうちに、さつきはさっさとボタンを押したらしく、そんな声をあげる。俺がさつきの方を見ると、その粒は実を潰すことなく皿の上に綺麗に幹から実を落としていた。
「あんな感じで、ボタンを押すとトマトの実が全部幹から剥がれるんですよ。代わりにあのボタンを押す頭のいい鳥もいて、育てるの結構大変みたいなんですけどね」
「ふーん……」
俺も押してみると、実がドサドサっと落ちた。
「にしてもこれ、実の大きさが小さくないか?」
食べながら聞く俺。粒自体はトマトなので美味しいのだが、小さくて食べ足りないのだ。
「まあ、それゆえのコーントマトです。一応とうもろこしとトマトを掛け合わせて作られたものなので。今は大きなトマトがこんな感じにできないかを研究してる最中らしいですよ」
「何だか魔界が何をやってるところなのかいまいち分からなくなって来たんだけど」
熱弁する沙良に対し、俺は冷めたように疑問を素直に口にした。
「ここは悪魔が住んでる世界ってだけで、基本的には人間界とそんなに変わりませんからね」
「そんなもんなのか」
「そんなもんです」
言い切る沙良に俺はそれ以上の疑問を口にはしなかった。
「見て見てタツッキー!」
一方、さつきは一人だけコーントマトを口一杯に含んでいた。
「ほえほいひいお(これおいしいよ)!」
「せめて食べてから喋れ!」
「保護者みたいですね樹さん」
「冗談でもやめてくれ」
微笑む沙良に対し、俺は本気で突っ込みを入れるのだった。




