ディアボロとヴァニタス
「それじゃ、私こっちだから」
しばらくして分かれ道まで歩いた俺たちは、そう言った桜と別れ、自宅へとたどり着いた。
「ああ、そういえばなんですけど」
玄関を開けた沙良は、思い出したかのようにそんなことを言い出した。
「どうしたんだ?」
「魔界の食事ってたまーに変なものが混ざってるので気を付けてくださいね」
「そういえばお前前にガーゴイルの缶詰があるとかって言ってたな」
俺は荷物を下ろしながらそう言う。もう2か月ほど前の話だが、確か沙良がそんなことを言っていたのは覚えている。
「それはまだ変な部類には入りませんよ」
「えっ、十分おかしいだろ?」
「……どうやら樹さんは魔界の恐ろしさを知らないみたいですね」
沙良はそう言うとおもむろにポケットから眼鏡を取り出した。
「おいそれどこから持ってきた」
「解説モードにチェンジしたんですよ」
「謎の設定作らんでいい」
俺の突っ込みに沙良はしぶしぶ眼鏡をポケットに戻した。
「で、ガーゴイルが変じゃないっていうのは?」
「魔界に住んでる生き物っていうのは、もちろん悪魔もそうですけど、その他にもたくさんの生き物が住んでるんです。そういう生き物に殺される悪魔もいますし、稀にですけど悪魔が悪魔を狩る同族狩りみたいなことも起こるとか」
「……つまり?」
「私たちと同じ悪魔が食卓に上がるってこともあるってことです。人間界でいうと人が人肉を食べるようなものですね」
「うわっ……」
俺はその光景を想像して思わず口を押さえる。
「まあ、そういうのは珍味扱いでよく市場に並べられてるので、うかつに変なものを買うのはやめた方がいいですよって話です。まあ、基本的に私が案内するのは人間界でも食べられるものばかりなのでご安心ください」
「今の話聞いた直後に食欲は湧かねーよ」
俺はようやく吐き気が収まり、口に当てていた手を取った。
「で、他の生物っていうのは?」
「例えば、こないだ成島翔さんが悪魔に変えられていたのをご存知ですよね?」
成島翔というのは俺の幼馴染で、ひと月ほど前にある事件を引き起こし、魔界に強制送還されていた。だが、何者かによって殺されてしまい、悪魔に変えられてしまったのだという。
「ああ。あれは悪魔じゃないのか?」
「厳密には違いますね。あれも悪魔ではありますけど、私たちの世界ではディアボロと呼ばれています。私が以前樹さんの説得に使った悪魔も一応ディアボロってやつです。使い魔って言い方の方が好きなので私はそっちで呼んでますけどね」
「じゃあ、あいつらはずっとお前たちに使役し続けるのか?」
「大半はそうなります。ただ、一部に例外がありまして」
沙良はそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「まず、ディアボロというのは悪魔によって人間が魔界に適した状態に作り替えられた存在なんですが、その作り替えられた状態で、通常は翔さんのように記憶をなくしてしまうことがほとんどです。大半は戦闘用に体や考えそのものを作り変えてしまいますからね。ところが、ごく稀に誕生する過程で記憶を失わないまま、あるいは自我を保ったままに生まれてくるディアボロがいるんです。そういう悪魔はヴァニタスと呼ばれていて、私たちのような悪魔見習いとして生活できるような仕組みがきちんと整えられています」
「じゃあ、一部は今悪魔見習いとしてこっちの世界に来てたりもするのか?」
俺の質問に沙良は頷く。
「そうですね。樹さんの知ってるある悪魔見習いも元はディアボロですよ。そこまで来るのに相当な努力をしたのは私もよく知ってます。誰かっていうのは内緒ですけどね」
「ふーん……」
悪魔の世界にもいろいろな事情があるのだな、と俺は納得するのだった。
「あれ、そういえばラミアは?」
俺はもう一人の同居人、ラミア・ヴィオレットについて聞く。彼女は憤怒の悪魔見習いであり、最近問題を起こしたジョー・マクロイドに代わってこの人間界に派遣されてきた新たな悪魔見習いだ。
「ああ、ラミアさんは既に魔界に向かいましたよ。報告することがあるので早めに戻らないといけないそうです」
「あいつも大変なんだな」
俺はそう言うと、魔界に行くための荷物を詰め始めた。
「今回はどのくらい向こうにいるんだ?」
「一応2泊3日の予定です。ただ、悪魔見習いによってはもっと早く帰ることになることもあるみたいですね」
「それは落ちた場合ってことか?」
「そういうことです」
はあ、とため息をつく沙良。
「せっかくリモコンも直ったっていうのに、まさかこんなめんどくさいタイミングで最初に使うことになるとは思いませんでしたよ……」
「あれ、リモコンも直ったのか?」
それは初めて聞く情報だった。
「はい。この通知と同じタイミングで送られてきました。1週間って言ってたのに遅いから連絡したら発送するのを忘れてたそうで……。まあ人間界でも使えるクオカード5000円分をもらったのでそれで怒りは収まりましたけどね」
「お前案外ちょろいよなこういうの」
「えっ?」
ぼそっと言った俺の言葉に反応する沙良。
「いや、何でもない。さっさと準備しようぜ」
俺は慌ててごまかすと、魔界に行く準備を始めるのだった。




