そしていつもの日常へ
「さつきー……」
「大丈夫よ。ティーナはこのあたしとずっと一緒にいたんだから。向こうの世界に戻ってもやっていけるって。お互い頑張ろ!」
寂しそうなティーナに対し、さつきはそんな明るい言葉をかける。
(さつきはね、もともと暗い雰囲気が嫌いだからお別れのときはあえて明るくふるまうようにしているのよ。後で一人で泣いたりはしてるみたいなんだけど。当人にそういう姿を見せないのはなかなか健気なところよね)
その様子を見て、麻梨乃がそんなことを教えてくれた。
「うん。私も頑張るからー、さつきも頑張ってー」
「ほら、ティーナちゃん行くわよ。じゃあまたね、アリーちゃん、サラちゃん」
立ち止まったティーナの背中をマーラが押し、2人は穴の奥へと消えて行った。
「……俺たちも帰るか」
「そうですね」
俺の声にサラは……、いや、沙良は頷いた。
「次にあなたたちと会うのは一月後、中間試験の時ですね。さらに成長したあなたたちと会う時を楽しみにしています」
「中間試験か……」
俺は麻梨乃から聞いた話を思い出しながらその言葉を繰り返す。中間試験については以前に少しだけ説明されていたが、何をするのかは全くの未知数だ。
「まあそんなに気負わなくても大丈夫ですよ。大したことをするわけじゃありませんから。試験内容については明かせませんけどね」
「……やっぱり試験内容を教えてくれるわけじゃないんですね」
沙良は不満そうな顔をする。
「当たり前です。あなたたちに気を抜かれたら困りますからね。これからもきちんと悪魔見習いとして経験を積んでください」
「はーい……」
沙良はぐうの音も出ない返答をされ、そう素直に返事をするしかなかった。
「では、その穴を通ってください。樹さんの家のすぐ目の前に出るように空間を繋いでおきましたので」
ゼノの指示通り、俺たち全員は右の穴の前に立つ。
「では、皆様お元気で。一月後を楽しみにしています」
その声が消え入る頃には、俺達は全員穴の中に飛び込んでいた。
「……あれ?」
穴に飛び込んだと思ったら、その直後には俺達は俺の家の目の前へと戻ってきていた。そして俺たち全員がその場に立っていることを確認できたのか、全員が降り立った直後にその穴は消えてしまった。
「戻ってくるの思ったより早くなかったか?」
よく考えてみると行くときは数分間もかけたのに、戻ってくるのは一瞬だった。行くときには結構歩いたような気がするのだが……。
「わざわざ休日に付き合ってもらったからそのお詫びみたいなものなんじゃない? 時間も朝の5時で全然経ってないみたいだし」
「いやそこまで融通が効くなら最初から試験開始をもう少し遅い時間にしとけよ」
桜の答えに突っ込む俺。実際最初と最後でここまで対応が違う理由で納得できるものは思い浮かばなかった。
「……たぶんなんですけど」
口を開いたのは沙良だった。
「最初に私たちを歩かせたのは、ベルゼブブ様が私たちのことを信用していなかったからなのではないかと思います。帰りにその手間がなかったのは、私たちのことを認めてくださったからではないかと」
「何だよそれ?」
いまいち納得行かないところはあるものの、他の悪魔見習いたちがこぞって頷いているところを見ると、どうやらあながち間違いと言うわけではなさそうだ。
「彼の真意はどうあれ、少なくとも私たちはベルゼブブ様の試験には合格することができた。今はそれでいいと思います。こういうのはあんまり考えていても仕方ないでしょう」
「……そうだな」
いろいろ細かな問題はあるものの、今はそこを深く気にしていても仕方ない。そう思った俺は沙良の言葉を素直に受け止めることにした。
「……あーあ、ティーナは負けちゃったし、タツッキー、お詫びにあたしに何かおごってよ」
「何だその理不尽な理由は?」
すっかりいつも通りに戻ったさつきは俺に何かをたかろうとそう声をかけてくる。
「そうよね、私も何か食べたいなあ」
「町村君ならどうにかしてくれるわよきっと」
「桜に吉永さんまで……」
味方だと思っていた2人にまで裏切られ、肩を落とす俺。とそこで誰かが肩をたたいてきた。俺にもまだ味方はいるんだ……! そう顔を上げると、目の前に立っていたのはアリーだった。
「……高級寿司を期待してる」
「お前もかよ! 誰がそんなのおごるか!」
追い打ちをかけるようなその言葉にとうとう叫びながら突っ込みを入れてしまう俺。
「……男はつらい生き物なんだぜタツッキー」
「おいお前が悟ると現実味がありすぎるからやめろ」
ケンにまでそんなことを言われてしまっては、俺としても逃げようがない。
「じゃ、今日はこれから樹さんのおごりで何か食べるってことで」
「おい沙良勝手に話を進めんじゃねー」
「それは楽しみだな。居候としてしっかり楽しませてもらうぞ」
「おいラミアお前まで……」
俺がそう言いかけたとき、またも後ろから肩をたたかれる。
「僕も混ざるからよろしく」
今度はガインだった。俺ももう我慢の限界だ。
「……お前らなあ、いい加減にしろー!」
俺の叫び声で全員が蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。だが、何はともあれこんな騒がしい日常を再び取り戻すことはできたのだ。それが良かったのかはともかく、今はこの日常を享受し謳歌しよう。俺はそう心に誓うのだった。




