ティーナ・フレンディア
「サラっちが当てた……?」
ケンは信じられないものを見たという様子で言葉を発する。いや、正しくは言葉が口をついて出てしまったと言うべきか。だが、それはこの場にいる誰もが同じだった。何せ50パーセントの賭けに勝ち、相手が確率の高い賭けを外してしまったのだ。
「ふふふ、今日のサラは手強そうだね」
ガインは不敵に笑うのだった。
「……」
ティーナは動揺を隠せない様子でうつむいていた。自分が外し相手が当てたというだけでも心に負ったダメージは相当大きかったのに、それに加えて自分の立場は当てやすかった。にもかかわらず、それでも外してしまったのだ。
(ここまで来たら後は運を天に任せるだけですね)
一方のサラはティーナが半分戦意を喪失してしまったのを見て、落ち着きを完全に取り戻していた。
「……サラー」
だが少し時間をおいて、ティーナは顔を上げてサラに話しかけてきた。
「どうしました?」
「……ここからは外さないからー」
その目には闘志が戻っていた。彼女なりに覚悟を決めたということなのだろう。
「……そう来ないと面白くないですよね」
サラの目がギラギラと勝負師の目になった。
「さて、それでは4枚目のカードをめくります」
互いの準備ができたと判断したのか、ゼノはカードをめくる。めくられたカードは5だった。
「高いでお願いします」
「同じくー」
2人とも迷うことなく即答だった。ティーナに関して言うなら確率は五分五分の賭けだったはずだが、それだけ開き直っているということなのだろう。
「では、めくりましょう」
ゼノも変に勝負を長引かせることなく、マーラに結果発表を促した。
「はいはい」
マーラは同時にめくる。サラはジョーカー、ティーナは10だった。
「……ここでジョーカーですか」
サラは一瞬戸惑うが、自分の1つ前のカードが8だったことを思い出しすぐにホッとする。サラの数字は8という扱いになるため、彼女の予想は当たっていたということになるのだ。
「両者正解ですね。では、ポイントの加算を」
その言葉でサラに3ポイント、ティーナに2ポイントの表示が現れる。
(……やっぱり手強いですね。最後までいい対戦ができそうです)
サラはガインと言う強敵がこの後に控えていてもなお、ティーナに対して全力でぶつかることを改めて誓う。それが相手への敬意であり、全力で向かってくる相手に対しての礼儀だからだ。
(諦めないんだからー)
一方のティーナはこれまでのことを思い出していた。
ティーナ・フレンディアという悪魔見習いは、どこかのんびりしていて、誰かと競うこともそこまで好きな方ではない悪魔だった。その考えが変わったのは悪魔学校に入った頃、自分の隣の席に座っていた同じ暴食の悪魔見習いを志望するサラ・ファルホークと出会ってからだ。最初は特段サラのことを気にせずのんびりと過ごしていたティーナだったが、成績が出るたびに自分の隣にいるサラが必ず自分の1つ上の順番にいるのを見て、そのうちどうしても彼女に勝ちたいと強く考えるようになった。結果ティーナはサラに勝つためにずっと努力し続けてきた訳だったが、ゲームでの成績は五分五分であれ、結局最後まで成績の上では彼女に勝つことはできなかった。そしてあろうことか、サラのみが暴食の悪魔見習いに選ばれ、彼女は魔界にお留守番を食らってしまったのだった。
(すっかり忘れてたー。私がどうしてこんなに頑張ろうと思ったのかー)
そんな経緯もあってか、今回もう一度戦えるとなった時、ティーナはとても喜んだ。日程が決まってもう1度対決をするのを心待ちにしていたはずだった。だが、いざ実際に対決することになった時、ガインへの敗北もあってか、ティーナはサラと戦って勝つことよりも悪魔見習い試験の方に意識がいってしまっていた。
(……せっかくここまで来たんだもん、絶対に勝ってやるんだからー)
本来の目的を思い出した彼女はかつてないほどに神経を研ぎ澄ます。ここを当ててサラが次外せばもう1度ティーナに勝利のチャンスが与えられるのだ。最初にめくられるカードが全てを握っているとはいえ、まだまだ勝負の行方は分からない。
(……ふむ。良い空気です)
見えない闘志を肌で感じ取りながら、ゼノは2人を見つめる。
(あの様子だと、サラさんもティーナさんも自分に足りないものが少しだけ分かって来たみたいですね)
もっとも、それと彼女の再試験とはまた別の話である。彼女の戦績が散々なものであるなら、この場にいる他の悪魔見習い候補たちにその椅子を譲らなければならない。
(いずれにせよ、このカードたちがすべてを握っているということですか)
そんなことを思いながら、ゼノは最後のカードをめくる。めくったカードは9、残りの数字は1と11なので、どうやらこのトランプたちは最後まで2人に勝負をさせたがっているようだ。
「最後のカードは9です。では、高いか低いかを予想してください」
ゼノは感情を抑えながら、事務的な口調で最後のターンを宣言するのだった。




