信用と疑いと
「おい、サラっちは何をやってんだよ。あのままほっとけばティーナは自滅してサラっちの1勝だったはずじゃねーか」
ティーナの戦意をわざと取り戻させてしまったサラを見て、ケンは苛立ちを隠せない様子で吐き捨てる。それはそうだ、ライバルであるティーナの戦意を取り戻す理由はサラにはないのだから。
「仕方ねーだろ。沙良がそうしたかったんだろうし」
だが俺はそれを意にも介さない様子で呟いた。元々サラとはそういうやつだ。今さらそこを深く掘り下げても仕方ないことなどとうに分かっていた。
「そうよ。それに元々沙良さんはそういう人……いや、悪魔でしょ?」
桜も俺の発言に同調する。卑怯なことはしないし、ハンデがあるならなくしてしまう。それがサラ・ファルホークという悪魔だ。彼女も俺と同じくミニチュアかくれんぼで既にサラの性格や行動を分かっているのである。
「そうかもしれねーけど!」
「ケン。あなたはサラのことを何も分かってない」
アリーはケンの言葉を止めて発言する。
「どういうことだよ?」
「サラはこのくらいで負けるようなやわな悪魔見習いじゃないってこと」
言い切ったアリーの顔は確信に満ちていた。
「そうだね。こんなところで弱気になって負けるようならサラはその程度だったってことさ。1敗もできない状況にもかかわらず、むしろ公平な試合を望んだサラの方が僕は好きだけどね。悪魔見習いとしてどうかって意見はともかくとしてだけど。1つ言えることがあるとすれば、勝てる自信がなければこんな行動には出ないってことだね」
ガインはアリーの後を受けてこんな考えを話した。
「それは、サラさんが勝つってこと?」
ガインの言葉にさつきは首をかしげる。
「さあね。ただ、少なくともサラはティーナとフェアに戦いたかった。それだけのことさ。どうも運頼みのゲームになったから落ち込んでたのかと思ったけど、どうやらそうじゃなかったみたいだね」
「そういうこと。もうこうなったらどっちにしても私たちはサラが勝つことを祈るしかない」
「……分かったよ。ここからじゃもう何もできねーしな」
ケンはしぶしぶ納得した様子だった。
「それにしても町村君は全く動じてないわね。不安とかないの?」
言い切った俺を見て麻梨乃は聞く。彼女からすれば俺がここまで言い切れることがそもそもの疑問なのだろう。
「不安はあるけどな。それがあいつだから。それに沙良は勝つって言って試合に行ったんだから、あいつを信じるしかないだろ」
サラは俺に負けるわけにはいかないと言って試合に向かったのだ。その言葉を信じるしかないというのが俺の意見だった。
「すごいわね樹君……。私ケンをそこまで信じられる自信がないわ」
「ケンを信じたら船が沈んじゃうから正しいと思う」
「アリー……お前もうちょっと言い方ってもんが……」
「ケンなんて信じちゃダメ」
「そうじゃねーだろ!」
無表情のアリーに勢いのある鋭い突っ込みを入れる羽目になるケンなのだった。
「何だか客席の方が騒がしいみたいですけど」
ゼノはマーラに近付くと、客席を見て露骨に嫌そうな顔をしながら聞く。
「あれがあの子達なのよ」
マーラは気にしていない様子でそう返した。
「まあそれに関してはいいんですけどね。ところで、どうしてあなたはサラさんに預けておいた卵が孵化したことを私に言わなかったんです? 何か意図があったと勘繰られても文句は言えないと思いますが」
「……どういうことかしら? 私は単純に忙しくてあなたに伝え忘れてただけよ?」
マーラは顔をしかめた。
「それならいいんですけどね。今はまだ証拠もないから疑うことはしませんが、私個人としてはあなたはかなり成島翔殺しの件についてはクロに近いんですよ」
ゼノはマーラの方を真っ直ぐ見据えてこう言いきった。
「情報屋というだけあってあなたの交遊関係は幅が広い。どこかの筋から何かの依頼が来てもおかしくはないでしょう」
「なかなか心外ね。あなたに疑われるなんて悲しいわ」
マーラは泣き真似をする。
「私は可能性の話をしているだけですよ。可能性があるなら例えそれが一番の知り合いでも真っ先に疑うべきです。私たちは一度そういう事件に遭遇していますからね」
「……そうだったわね」
マーラはある事件を思い出して苦い顔をする。
「今の反応が演技ではないとしたら、あなたが何かしたわけではないと心から言えるのですがね。とりあえずあなたは被疑者のうちの一人だということを頭に入れておいていただけると」
「分かったわ。疑われないような行動をするように心がけましょう」
マーラは頷いた。
一方、ゼノとマーラがそんなやり取りをしている間にサラとティーナの二人は互いに真剣な顔をして見つめあっていた。
(2人とも一体何の話をしているんでしょうか)
サラは試合開始と高らかに宣言されたにも関わらず、まるで試合が始まる気配のないことに何かの不安を感じていた。
「サーラー」
「何ですか」
独特の伸ばし口調でティーナが話しかける。
「まーだー?」
「私に聞かれても知りませんよ」
サラは冷たく吐き捨てる。とはいえそれは事実であり、仕方ないと言えば仕方のないことだった。と、ここでゼノがマーラと話を終えて戻ってきた。
「お待たせしました。では、最初のカードをめくります」
そう言ってゼノがめくったカードは4だった。
「さあ、2人とも自分のところに置かれたカードが4より高いか低いか宣言してください」
ゼノはサラとティーナの顔を見てそう聞いた。




