悩める学生と悪魔見習い
ところ変わってここは瑛鈴高校。俺たちが勉強している学び舎である。沙良に電話をかけた俺が席に戻ってくると、
「……はあ」
その隣でため息をついている女の子が1人いた。この子の名前は何だっただろう。
「どうしたんだ?」
俺は深刻な様子の彼女にそう声をかける。名前など聞かなくても会話くらいならさして問題はない。墓穴を掘らないように気を付けるだけだ。
「……何でもない」
「明らかに何でもない様子には見えないから聞いたんだが」
「あなたに言ったって分からないわよ」
「……まあそうだな」
俺も自分の今の状況を思い出して浮かない顔になる。確かに悪魔が自分の家に住んでいて今その悪魔に体操服を持ってきてもらおうとしている、とは言えるはずがなかった。
「あなたも何かあったのね、その感じだと」
「ああ。言ったって分からないと思うけどな」
「お互い大変ね」
互いにため息をつく俺たち。この問題に互いに深入りするのはやめた方が良さそうだ。
「あ、そういえばまた時間割が変更になったらしいわよ。2時間目が体育になったとか何とか」
「げっ、マジかよ」
これはもう1度連絡を入れた方がいいかもしれない。が、もう授業は始まろうとしている。これ以上連絡を入れに出ていくのはおそらく無理だろう。
(早めに来てくれるといいんだけどなあいつ)
俺はお使いを頼んだ彼女、沙良がきちんと仕事を全うしてくれることを願うしかなかった。
「あなたの宿泊先の人ってどんな人だったんです?」
「あー俺んとこか。俺んとこは女の子だったぜ。高校生の」
「ですよね。確か高校には来るなって言われてましたし」
「それでも行くんだけどな!」
一方の沙良とケンは楽しそうに談笑しながら瑛鈴高校へと向かっていた。
「そうそう、そういえばこないだあいつが風呂入ってるところに服を隠すイタズラしてやったら出てきてからヒステリー起こして大変だったんだぜ。必死に謝ってどうにか追い出されはしなかったけどな」
(それはあなたが悪いんじゃ……)
言いかけた沙良はこいつはそういうやつだった、と必死に言い聞かせることで失言を免れた。
「まあでも人間ってよく分かんねーよな。もっと簡単に自分のために願い事するもんだと勝手に思ってたけどよ。意外と自分のために願い事しようとはしねーんだあいつら」
「それは私も思いました。今だって別に私の力で体操服だけ届けてしまえばいいのに、わざわざ私に届けさせるんですから」
沙良は同調する。
「だからこそ俺たちの最後の試験がこの人間界だったのかもしれないぜ。立派な悪魔になるための、な」
「そうかもしれませんね」
ケンの性格は沙良にとって難ありだが、優秀な生徒の中に入っていただけはあって、基本的な意見は沙良としっかり一致するのだった。
「そうだ! サラっちこれ届けたらデートしようぜ! サラっちは俺と話してくれるいい奴だからな。いろいろおごってやるぜ!」
「え、ええ。考えておきますね」
沙良はのらりくらりとかわす。こんな尻軽男は彼女の趣味ではない。今日はたまたま用事があったから丁寧に接してやっただけだ。
「そうそう、それとうちの家主はスタイルいいんだぜ。着やせするタイプでボンキュッボンなんだ! 今度サラっちにも紹介してやるよ」
「それもう死語ですよ。そうですね、それならうちの家主さんも一緒に紹介しますね」
しかし、悪魔見習い同士の結束を高めるためにならケンと会うことも多少は妥協する必要があるだろう。こちらの申し出については素直に受けておくことにした。
「……おっそうこうしているうちに……っと」
ケンは突然駆け出すと、校門の前で止まった。
「着いたぜサラっち。ここが瑛鈴高校だ」
立派な門に真新しく塗られた白い校舎が3棟。授業中なこともあってか静かだが、校門に書いてある名前を見ても、ここは間違いなく瑛鈴高校だった。
「それじゃ、行って来いよサラっち。俺は帰るからさ」
「……行かないんですか?」
ケンのその返事に意外そうな顔の沙良。
「俺は高校に行くとは言ったけど、中に入るとは言ってないぜ。あんまり見損なわないでくれよな。俺はサラっちを案内したら帰るつもりだったんだから」
ケンは不満そうに言う。
「……そうですか。それじゃ、そこで待っててくれませんか?」
「……ん?」
ここで帰ろうと思っていたケンはその言葉に戸惑う。
「戻ってきたらもう少しお話ししましょう。ケンともうちょっとだけお話ししたくなりました」
「……おうよ! んじゃ待ってるなー!」
その返事に嬉しそうな顔をしたケン。それを見た沙良は樹のところへ体操服を届けに向かうのだった。




