アリーの過去
「まず、私に親はいない。だから、どこで生まれたのかも分からない。気付いたら今の保護者が引き取ってくれてて、私はその人に育てられてたらしい」
「……いきなり重い話だな」
アリーの告白にケンは苦笑いをする。
「だから言ったでしょ。他言はやめてって。それともここでやめとく?」
「いや、こんなところでやめる訳にはいかないだろ。それで?」
ケンは続きを促す。
「当時の私はそれを早いうちから聞かされてて、心の整理がつかないうちに学校に通うことになってた。そんな状態だったから当然周りに対して壁も作っちゃってて。そんな時に私にずっと話しかけてきたのがあの子、サラ・ファルホークだったの」
「……」
「そんな怖い顔しないで、一緒にお話ししませんか?」
それは学年が上がってクラス替えしてからすぐのある日の休み時間だったと思う。サラはこう私に話しかけてきたの。
「……嫌」
その頃の私は今以上に無口だったから、確かほとんど会話も一言だったと思う。
「そうですか。じゃあ、また明日も来るのでその時にお話しできたらうれしいですね」
てっきり他の悪魔と同じようにしつこく話しかけてくると思ってた私は拍子抜けした顔でサラのことを見てたと思う。
「今日話したくなくても、明日になったら話したくなってるかもしれませんから。では」
そう言ってさっさと立ち去ってくサラを見て、私はこの子が普通の悪魔と違うってことを薄々感じとったんだと思う。
「……それで、サラっちと仲良くなったのか?」
「ううん。今のはファーストインプレッション。あくまで最初の出会いとその印象。ここからサラと仲良くなるのには確か一か月くらいかかったと思う」
「一月……? サラっちも案外しぶといんだな……。俺なら一週間も持つ自信がねーよ」
ケンの乾いた声にアリーは微笑む。
「そこはケンのいいところなのかもしれないけどね」
「えっ?」
聞き返すケンだったが、それには答えずアリーはそのまま話を続ける。
「話を戻すけど、それから仲良くなった私とサラはいつも行動を共にするようになったの。だけど、ある時に私はクラスメイトからいじめを受け始めるようになった」
「いじめ? 何でまた……いや、もしかしてサラっちの親絡みか?」
一度は質問しようとしたケンだったが、すぐにその理由に思い当たる。サラの母親はミルダ・ファルホーク。色欲の悪魔として現在も魔界を統括する立場にいる。
「当たり。全員悪魔見習いを目指している現状で、親が色欲の悪魔であるサラと仲良くしてることで、コネを使ってると思われたみたい。サラもそれまでは隠してたみたいだったけど、たまたまミルダさんが学校に来る機会が一度だけあってね。私は家に遊びに行ったりもしてたから知ってたんだけど、そのせいで変な疑いを受けたことがあったの」
「悪魔見習いの資格は公平公正に与えられるものだろ? 何でそんな話になったんだよ」
ケンは憤りを覚えながらアリーに聞く。
「結局、あの悪魔たちもどこかストレスのはけ口が欲しかったんだと思う。それに、最初に話したけど私はサラ以外のクラスメイトに壁を作ってたから。そういうのもあって余計にね」
アリーは自嘲気味に答えた。
「一時は学校を不登校になることも考えたけど、そのいじめ自体は一月も経たないうちに終わった」
「……やけに早いな?」
ケンは驚いたような声を上げる。
「その理由がね。やっぱりサラだった。あの子、私がいじめられてることを知ってそのグループに乗り込んでいってすぐに行動を起こしたの。その時のサラの剣幕はすごかった」
「……あなたたちがどう思っていても構いませんけどね。アリーが私の母親のコネを使って悪魔見習いになろうとしてるなんて言いがかりもいいところです。あの子はそんな子じゃないですし、あの子のことを知ろうともしないで関わりを諦めたあなたたちが、あの子のことを勝手に噂して貶めるような真似をするなら、それこそ私が親に頼んであなたたちに処罰を与えてもいいんですからね。こんなくだらないことに時間を割くくらいなら自分の能力の1つや2つでも磨いたらどうなんですか?」
「確かこんな感じだったと思う。それから言われたその子たちは3日くらい学校を休んで転校してったと思った」
「後日談がものすごく怖いんだが……」
ケンは震え上がった。
「あの子は基本的に自分のことで怒ったりすることはないけど、こと友達のこととなると結構沸点が低いみたい。ケンも気を付けてね」
「お、おう。覚えとくぜ」
ケンは頷く。
「その子たちの方、いじめの件はそれで解決したんだけど、その前にいろいろやられてた私はちょっと精神的に病んじゃってて。その時に励ましてくれたのがやっぱりあの子だったの。その時の言葉もあって、今はこうして明るく過ごせてると思う。だからそういうのも含めて、サラにはちゃんと恩返ししたいなって思ってる」
「なるほどな。で、その言葉っていうのは?」
ここまで来ると聞きたくなるのが人情、いや悪魔情というべきか。ケンはアリーに聞く。
「それは秘密。でも、今日ケンからもいい言葉をもらったから。その言葉も大切にさせてもらう。話はこんなところかな」
「聞けないのは残念だが、そう言ってもらえたら嬉しいもんだな」
その直後、アリーとケンのリモコンが同時にバイブを鳴らした。
「ケン、戻ってきて大丈夫よ」
「アリー、お待たせ。どこにいる?」
そんな契約者たちの声がリモコンから聞こえてくる。
「おう、分かったぜ」
「ケンと一緒。今からそっちに向かう」
2人はそう答えて通話機能を切った。
「さて、と。じゃ、約束は守るぜ。俺とアリーの分だけ消して能力が移らないようにしとけばいいんだよな」
ケンはアリーから卵を受け取ると目を赤く光らせる。その作業は数秒で終わった。
「じゃ、これで今度こそ大丈夫だ。ほらよ」
「ありがと」
アリーは卵を受け取ると、黒い翼を広げる。数秒遅れてケンも同じものを空に翻した。
「また困ったことがあれば言えよ。いろんな事情を知った今ならお前の行動の意図も理解できるしな。いつでも協力するぜ」
「頼りにしてる」
2人の悪魔見習いはまた絆を深め、沈みかけた夕日の方向へと飛び立っていった。




