卵の可能性
「牙をむく?」
アリーのその発言に首を傾げるケン。
「よく考えてみたの。暴食の悪魔見習いの再試験のためにガインとティーナがこっちにやってきたのとマーラさんが卵をサラに渡した日付の近さ。偶然にしてはあまりにおかしいと思わない?」
「……まあ、言われてみれば気にはなるけど」
ケンは歯切れの悪い言い方をする。そこまで考えていなかったのではっきりとした返事ができなかったというのが真実だ。
「それにこの卵が孵る大体の目安日は、暴食の悪魔見習いの再試験の日時と大体同じ。基本的に魔界の生物は規則正しく生まれてくることを考えると、何だか何かを狙ってマーラさんが預けに来たような気がするの」
「そこまで一致してるとちょっと気にはなるな」
ケンもふむふむと頷く。
「でも、今のところそれを勘ぐったところで、どうにかできるものでもないよな」
「ううん、問題なのはあくまでこの卵の方。思い出してみて。使い魔の性質がどうやって決まるのか」
アリーのその言葉にケンは少し考え、そこでアリーの方を見る。
「まさか、この卵を育てた俺たちの性質が全部含まれるって言いたいのか?」
アリーは頷く。使い魔の卵は育ての親の性質を色濃く受け継がせるため、基本的に使い魔を使役する悪魔見習いや悪魔が育てるものとなっている。だが、それを別々の悪魔見習いが順々に手渡し育てているとなると話は大きく変わってくる。
「さっき預かっちゃったけど、私の性質の嫉妬と色欲、それにケンの怠惰、加えて最初に預かってたサラの暴食。4つの性質が混ざった使い魔なんて、下手したら私たちが束になったって勝てないかもしれない。まだ試験に使われるかどうかは分からないと言っても、できる限りの不安要素は消しておいた方がいい」
「おいおい今更そんなこと言ったってどうしようもないんじゃ……」
ところが、アリーは首を横に振る。
「使い魔を育てるには悪魔の能力を引き継がせることが必要でしょ。その引き継がせた能力を卵の中から消すこと自体はできるじゃない」
「……そんなことできたっけ?」
ケンは首を傾げている。どうやら本当に分かっていないようだ。アリーは頭を抱える。
「ケン、本当に分からない? 学校でも習ったじゃない。引き継がせた能力を消すには洗脳を消す手順と同じことをすればいいって」
「……ああ! 俺の能力か!」
ケンは少し考え、閃いたというように叫ぶ。ケンの能力は怠惰。主に回復に特化しているものだが、応用的なもので洗脳などを解くこともできるのだ。今回の場合は能力の引継ぎがその洗脳の解除に当たるのである。
「しっかりしてよ。サラたちの試験を変に難しくしたらサラだけじゃなくてみんな困っちゃうんだから」
「まあ言いたいことは分かったぜ。けど、俺たちがそこまでする必要あるか?」
だが、ケンはアリーに疑問を投げかける。
「これに関しては暴食の悪魔見習いの管轄であって、怠惰の俺とか色欲嫉妬のお前の管轄じゃねーだろ? お前がそこまでサラっちにしてやる意味が分かんねーよ」
アリーはケンのその言葉に口を閉じてしまう。今回のケンの言葉は正論であり、これ以上ないほど筋が通っていた。だが、何かを思い立った彼女は少しの無言の後口を開いた。
「……確かにケンの言う通り。私がそこまでサラにしてあげる義理はないと思う。でも」
アリーはケンの方をまっすぐ見る。
「私はサラに恩がある。どうしてもあの子を助けてあげなきゃいけないほどの理由があるの。だからお願い。私のために、サラを助けて」
それはケンにだけ見せるアリーの本当の顔、以前魔界で樹を助ける時にケンに見せた顔と同じ顔だった。
(……そんな顔されたら助けないわけにはいかねーよな)
「分かった。今回だけはお前に協力してやる。ただ、1つだけ条件を付けさせてもらうぜ」
ケンはそんな交渉をする。
「話してもらおうか、お前とサラっちに何があったのかを」
「それは……」
アリーは悩んでいる様子で言葉を選ぼうと考えていた。
「さすがに何も分からないままにお前に協力するのは俺もちょっと気が引けるんでな。それに、お前が前からサラっちを監視してた理由とか、サラっちに対しての多すぎるアドバイスとか、今までにも気になることは結構あったんだ。せっかくだし、その辺の事情を全部教えること。それが条件だ」
「……私からミステリアスな要素を抜いたら魅力がなくなっちゃう」
冗談交じりにそう言ったアリーだったが、声は真剣そのものだった。まるで何かを恐れているような、そんな恐怖が混ざった口調だった。ケンはその声に肩をポンポンと叩く。
「心配すんな。その程度でお前の魅力はなくならないし、俺もサラっちもお前から離れたりなんかしねーよ。アリーは俺の大事な友達なんだから。サラっちだってきっと同じこと言うと思うぜ」
ケンのその言葉で、アリーは昔のサラの言葉を思い出す。
「私にとってのアリーは誰が何と言おうと大切なお友達なんです。だから、そんな悲しいこと言わないでもっと自信を持ってください」
それはサラがアリーに対してかけたアリーにとって一生忘れることのできない言葉だった。
(……まさかケンから同じ言葉を聞くことになるなんてね)
アリーはふっと微笑んだ。
「アリー?」
分かっていない様子のケンにアリーは少しずつ言葉を紡ぎだす。
「……分かった。あなたを信頼して話す。誰にも言わないことが条件だけど、守れる?」
「当たり前だろ。約束は守るぜ」
ケンのその言葉はアリーは胸をなでおろす。
「それじゃ、まずは私の過去から話させてもらう」
そう言ってアリーはケンにサラと何があったのかを話し始めた。




