サラの覚悟
「ティーナさんもそのもう1匹も、あなたと契約するためにこの人間界に来たのよ」
「そんなまさか……」
言いかけて、俺はマーラさんから送られてきたメールの中身を思い出す。
「そういえば、俺のところに来たメールに憤怒の悪魔見習いは補充されるってあったけど、暴食の悪魔見習いが補充されるとは一言も書いてなかったような……」
情報提供できないと書かれていたのはそう言った理由もあったのだろう。
「ということはつまりそういうことなんでしょうね。もしかしたらあなたの契約した悪魔見習いはこのことを知ってたのかもしれないわよ?」
「あいつなら有り得るな……」
だが、メールの内容はほぼ同じなのだろうと言っていたということは、彼女はメールとは別口でこの話を知ったということになる。普通に考えればガインとティーナから聞いたのだろう。結局昨日そのことについては相談する時間も取れなかったし、意思疎通ができていなかったことも理由と言えば理由だ。
(それに、そういえば……)
俺は昨日の夜の沙良とのやり取りを思い出した。
「……一緒に頑張りましょうね。これからも」
「いきなり何だよ。そんなん当たり前だろ?」
あの言葉が今となっては重く心にのしかかってくる。彼女はおそらく俺とこれからもずっと試験を受けたいという一心でやっと発した言葉に違いない。だが、俺はそんな重みのあることだとは知らず、何も気にせずに返してしまった。
「……沙良さんに連絡した方がいいんじゃないかしら」
それまで黙っていた桜がそう言葉をかけてくる。
「……そうだな」
俺はそれだけ言って携帯電話を取り出すのがやっとだった。だが、沙良に電話をかけようとしたその時、始業開始のチャイムが鳴ってしまう。俺たち3人はその音で慌てて教室に戻ることとなった。それからはクラスメイトに話しかけられたりとタイミングがうまく合わず、結局沙良に連絡したのは昼頃になってしまった。
「もしもし沙良か?」
お昼を食べ終えた俺はいつものように屋上で電話をかける。
「樹さんですか? どうしました? また忘れ物ですか?」
沙良はいつもの調子で俺の電話に応じた。
「いや、暴食の悪魔見習いのことでな」
「悪魔見習いですか?」
沙良は不思議そうな声を上げる。
「ああ。昨日話せなかったけど、お前暴食の悪魔見習い候補として再選出されるんだろ? ティーナやガインと一緒に」
「……そうですか。その様子だと知ってしまったんですね。そうですよ。ティーナとガインと3人で再試験をします」
俺の言葉を聞いた沙良は少しの無言の後、そんな返しをする。
「やっぱりお前は知ってたのか?」
「ええ。何でも魔界会議で決まったそうですよ。樹さんには関係がなかったので聞かれるまでは答えないつもりだったんですけど」
沙良は大したことではない、といったように言う。
「お前、そんなあっさりと……。関係ないっていうけど、試験に落ちたら魔界に帰らなきゃいけないんだろ?」
「別に悪魔見習いの座を明け渡すつもりはないですよ。ただ、魔界の繁栄のためにもっといい暴食の悪魔見習いがいるというのなら、私はこの座から退かなくてはいけません。何よりそれは樹さんのためです。樹さんだって私より優秀な悪魔見習いが契約者だったら、傍にいて困るものでもないでしょう」
「あのなぁ、そういう問題じゃ……」
「それに」
言いかけた俺の言葉を沙良は静止する。
「昨日、言ってくれたじゃないですか。これからも一緒に頑張ってくれるって。その言葉があれば、私は負けたりなんかしませんよ。関係ないって言ったのはそれが理由です。だから、樹さんは大船に乗ったつもりでどっしりと構えていてくれたらそれでいいんですよ」
「……お前がこんなに頼もしいとむしろ不気味だな」
「どういう意味ですかそれ!」
沙良はそんな突っ込みをいれる。
「分かった。そういうことならひとまずこの話は終わりだ。とりあえず、詳しいことは帰ってから聞かせてもらっていいか?」
「了解しました。では、午後の授業もがんばってくださいね」
「おう」
俺はそう言って電話を切った。
「……ふう」
ようやくすることが終わって一息つく。だが、その時背後から突然声がする。
「ふふふ、見ーちゃったー。タツッキーが女の子に電話かけてるところ」
「か、片桐!?」
突然に現れたさつきに俺は肩をびくっとさせながら反応する。この様子だとどうやら電話を一部始終聞かれていたようだ。
「ごめんね樹君。私は止めたんだけど……」
さつきの後ろから桜がひょこっと顔を出してくる。どうやらさつきに無理に連れて来られたらしい。
「ちゃんと電話できたみたいでお姉さん嬉しいわ」
「お前の弟になった覚えはねーよ」
いつもの調子でさつきに返す俺。
「まあでも、これで不安要素はなくなったんじゃない?」
「……まあな」
どうやら彼女なりに俺のことを心配してくれていたのだろう。やはりいい友人を持ったものだ。
「じゃあ、この対価に何かタツッキーの面白い話題ちょうだい?」
「誰がやるか!」
訂正する。こいつはやっぱりどこまでも噂収集魔だった。
「……嬉しいものですね」
一方、樹の家では沙良がそう呟いていた。
「何が?」
一緒にいたアリー・サンタモニカがそう聞く。彼女はガイン・ハルベルトから聞いた情報を沙良に伝えるために樹の家まで出向いていたのだった。もっとも結果として沙良はその情報についてはとうの昔に知っていて半分取り越し苦労だったのだが。ちなみにもう1人の居候ラミア・ヴィオレットは現在食器洗いのため台所にいる。
「契約者の方から信頼されることですよ」
「そうね。私も麻梨乃から何か頼まれると嬉しいもの」
アリーはそう言って、沙良の方を向く。
「だからこそ、負けないでねサラ。あなたと一緒に私は7つの大罪に選ばれたいんだから」
「分かってますよ」
沙良はどこか覚悟を決めたような表情で頷いた。




