突然の訪問者
「ふう、明日からしばらく休みか……」
俺、町村樹はそんなことを言いながら背伸びをする。俺はこの春から私立瑛鈴高校に入学した1年生で、家から高校が遠いこともあり一人暮らしをしている。今日はゴールデンウィーク前の最後の登校日で、明日からはしばらく高校も休みだ。
(ピーンポーン)
その音にまたか、と俺はため息をついた。一人暮らしをしていると、こんな風に自宅のチャイムが鳴ることもしょっちゅうで、大抵が何かの勧誘だ。今回もそうだろうと思い、しばらく放置しておくことにしたのだが、それからしばらくチャイムが鳴りやまない。そもそも、今は時間としては夜の8時くらい、人が勧誘に来るには遅すぎる時間だった。
「はーい」
俺は居留守を使うことを諦め、仕方なくそのチャイムの主を確認しようと外を覗き込む。どうやらチャイムを鳴らしたのは女の子のようだった。それも高校生くらいの。
(俺の知り合いにこんな子いたっけかな? 高校にもいたような記憶はねーし……)
俺は首をかしげながらドアノブに手をかけた。
「こんにちはー! 居留守を使っている町村樹さん、早く出てきてください! そこにいるのは分かっているんです!」
だが、俺がドアを開けようとしたそのとき、その子は俺が覗き込んだことを知ってか知らずか、そんな声を上げる。俺は近所迷惑になったら困ると思い、慌てて玄関を開けた。
「こんにちは」
そこには女の子が笑顔で立っていた。今度はドア越しではなかったので彼女の全身を拝むことができた。腰くらいの水色のロングヘアーとは今時コスプレでもないのに珍しいと言える。年齢は俺と同じ高校生くらいだろう。真っ黒なワンピースに白いニーソックスといった格好なのだが、これは少し前に流行ったゴスロリでも意識しているのだろうか。
「……こんにちは」
俺は不満そうな顔をしながら挨拶し返す。やはり俺の知り合いにこんな子はいない。
「で、いったいどのようなご用件でしょうか? 勧誘なら間に合ってますけど」
俺が不機嫌そうな様子で尋ねると、彼女はこう答えた。
「私、高梨沙良という者です。本日は契約者となる予定の町村樹さんの家に住まわせていただくためにやってきました。よろしくお願いします」
「……はい?」
「で、何でお前は俺の部屋に入ってきてんだよ。いつ俺が入っていいって言ったよ?」
相手の態度があまりに適当だったので、俺もすっかり敬語が抜けてしまったままそいつに話しかける。先ほどのやり取りの後、彼女は俺の部屋に勝手に上がり込むと、俺の冷蔵庫から飲み物とコップを勝手に一式取り出してくつろぎ始めたのだ。
「いえ、今日からここは私の家ですし特に問題はないはずですが……」
「そもそもそれを認めてねえっつってんだよ」
「認めてないも何も契約されてるんだから仕方ないじゃないですか。それともあなたは実際に目の前で目撃した幽霊ですら信じられない心の狭い人なんですか?」
「怪奇現象と同列でいいのかよ」
この様子だと出ていく気はなさそうなので、俺も彼女の真向かいに座ることにした。ここは彼女を説得して出ていかせる方がいいと判断したからだ。
「で、契約っていうのは何なんだよ。心当たりなんかないぞ」
「ああ、なるほどそういうことですか。納得いくものを見せれば私をここに住まわせてくれる、と。そういうことでよろしいんですね?」
「いや……」
「そういうことでしたらこれをどうぞ。私がここに来るまでを綴ったダイジェスト映像がありますので。ブルーレイとDVDだとどっちを使ってます? 時代遅れではありますけど一応VHSもありますよ」
どうもこいつは人の話を聞くつもりがまるでないらしい。勝手に自分の話したいことだけを話して俺の意見など全スルーだ。だが、俺としてもその理由は気になるところではあったので、仕方なしに彼女からDVDを受け取るとそのまま再生することにした。
(テテテテーン!)
「……おい何だこの無駄に豪華な始まりは」
「私の人生の一部ですからね。自分の子供ってかわいくてついついいろいろ撮影しちゃうじゃないですか。あれと一緒ですよ」
2杯目の飲み物に手を出しながら答える彼女。
「それは絶対に違う。この場で断言してやる」
その後何度か豪華な効果音が鳴ると、いよいよその映像が始まった。だが、
「……これで終わりか?」
流れてきた映像は彼女があみだくじを使った結果、俺のところに来ることになったというそんな適当なものだった。ご丁寧にピースサインで最後が締めくくられていて、俺のイライラが頂点に達するオマケつきだ。
「はい。あみだくじの当たりがここで、たまたま契約させていただく運びとなりました。改めてよろしくお願いします」
彼女は座ったままぺこりとお辞儀をする。
「ふざけんな納得できるかそんなもん!」
人の家に勝手に上がりこんで飲み物を飲んでいくようなやつだ、食費がいくらあっても足りないだろう。しかもこいつの非常識さはたった今少し話しただけでも分かるほどだ。こんなやつと一緒に暮らせるか、というのが俺の本音だった。
「まあまあ、私にだってできることはいくつかあるんですよ」
「……なら何ができるか言ってみろ」
俺は大した期待をすることなく彼女に自己アピールを要求してみる。
「いいでしょう。では、見ていてくださいよ」
彼女は自信満々にそう言うと、両手の親指を折り曲げてくっつける。何をするつもりだろう、とほんの少しだけ気になった俺はのんびりその様子を眺めることにした。すると、
「何とですね、この親指が……」
彼女はそのまま親指をゆっくり離す。
「離れるんです!」
「小学生か!」
一瞬でも期待して見ていた俺が馬鹿だった、と心から落ち込む。
「いいや、お前が出ていかないなら俺が出ていく。それで問題ないだろ。俺は契約する気なんかないからとっとと自分の家に帰れ」
俺は不機嫌そうに玄関のドアを開ける。だが、そのドアの先にあった予想外なものが俺の目に飛び込んできた。