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2016/08/01 改稿。

「で?調査結果とやらは出たのか?」

「いえ、まだ特定はできかねているところです」

 寄せては返す吐き気に抵抗しながらレイナに尋ねると、そんな答えが返って来た。つまり、僕はまだこんな行動を繰り返さねばならないのだろうか。うんざりを通り越して眩暈を覚える。

「ですが、目星は着きました」

「へえ?それはどういう……」

 言い切らないうちに僕はあのクソみたいな空間へまたも放り込まれた。


 *


「周くーん!」

 その日、夜間高校への初めての登校を終えて校舎から出ると、もうすっかり日も落ちてしばらく経った時刻にも関わらず、玲奈が待っていた。中学までと同じように。

「玲奈!もう遅いんだから……おばさんたちが心配するだろ」

「大丈夫!部活って言ってるもんね!」

「そういうことじゃないよ」

 夜間高校が終わるのは夜の九時を回った頃になる。当たり前だが、すっかり日は沈み、辺りは暗い。そんな中に女の子が一人でぽつねんと立って待つというのは防犯上看過できない。

「もし玲奈に何かあったら、俺はおばさんたちに顔向けできない。家で待っててくれ、ちゃんと、帰ったら連絡するから」

「ええー、……わかったよぅ」


 それ以降、玲奈は夜遅く一人で待っていることは止めたようだった。

 しかし、その代りというように僕が帰宅の連絡をするとすぐにやって来て、やはり父の仏前に手を合わせてから僕の部屋へやって来る。それまでとほとんど変わりのない、変わらぬ二人の逢瀬だった。


 昼に通っている仕事の方も、内心で心配していたよりはずっと上手くいっている。現場仕事で体力的に厳しいものはあったが、小さい会社ということもあってか、社長も先輩たちも、孫や子供のような年頃の僕に優しく仕事を教えてくれ、可愛がってくれた。僕は、彼らの期待に応えようと必死で仕事を憶えることに務めようとしていた。昨今、中卒で就職するような人間は稀であるらしく、同期の中でも飛び抜けて僕が年少だったことも大いに関係しているだろう。仕事帰りに通う定時制高校が休みの日には、会社まで迎えに来た玲奈(恥ずかしいからやめろと言っても聞かない)のことも、僕と同じようには可愛がってくれていたようだ。


 その日も、僕の高校が休みで、玲奈と職場から帰る日だった。


 *


「やあ、やっと来たんだね」

 またもあの不快などこかを経由して、辿り着いた場所。前回までのトリップとは違い、『僕』が僕を出迎えていた。

「僕?」

「ああ、そうだよ。君は、僕だ。それに、僕は、君だ」

 人を化かすような口調で男が言った。僕と全く同じ顔かたち、似たような背格好。まるきり僕と言っていい男がそこに立っていた。佐藤博士、レイナが言っていた人物だと、その男が纏った白衣と、そしてその口ぶりから推して理解した。

「僕は、ずっと君を待っていたんだよ。……周」

「……お前も、周だろ?」

「確かにね」

 その男は、口元を歪めて笑った。正直、僕はぞっとした。その笑みが、あまりにも年に似つかわしくない、老人が死ぬ前に浮かべるような、諦念に溢れたものだったからだ。急に、自分の顔とはとても思えなくなった。

「……あんたなのか?」

「何が?……ああ、君とあの女が追っている、幸福指数の偏りの原因かな?」

 男、『僕』は、更に醜悪に顔を歪めて笑った。はっとして今までのトリップでは必ず横にいたはずのレイナを探すが、見つからない。視界には、グレーで統一された、僕には何に使うかすらわからない機械で埋め尽くされた部屋があるのみ。

「そうだよ。……もう、アイツは干渉できない。さあ、腹を割って話そうじゃないか」


 *


「玲奈?」

 その日は定時制高校が休みで、例によって玲奈が職場まで迎えに来ると連絡があった日だった。僕はそのメールに「気を遣うな、家で待ってろ」と返事をしていたが、それを聞き入れるような彼女ではない。大抵会社の駐輪場に駐めた自転車の荷台に座って待っている。

 しかしその日、そこに彼女はいなかった。

 携帯電話を確認しても特に連絡は無かったので、きっと今日は家で待つことにしたのだろう。そう考えて、僕は何も気にせず帰宅した。


 しかし、いくら待てども玲奈はやって来なかった。母は今日も夜の仕事のため家にいない。僕は不安から、玲奈の家のチャイムを鳴らした。

「あら、あーくん!久しぶりね!……玲奈?今日はまだ帰っていないけど、てっきりあーくんと一緒だと……」

 玲奈の母は玄関口でそう言った。礼を言って、彼女の携帯電話へ電話を掛ける。何度掛けても留守番電話だった。玲奈の母も、僕から事情を聞いて玲奈の携帯へメールを送り、電話を掛けたようだった。

「変ねえ、あの子、携帯はいつもすぐに出るのよ?」

「おばさん、……俺、探してきます!」

「えっ、あーくん!」


 何かあったのかもしれない。僕は通学用から通勤用へと転職した自転車に飛び乗り、職場までの道を、ことさら注意しながら駆けた。しかし、玲奈は見つからない。

「一体どこほっつき歩ってんだ。あのバカ!』

 もう日が暮れて数時間が経ち、玲奈の家の門限はとうに過ぎていた。念のため玲奈の家に電話を掛けるも、未だ彼女は帰宅していないという。少し前に帰宅した彼女の父や兄も探しに出たそうだがまだ見つからないらしい。

 僕は、玲奈が遊びに出掛けそうな場所を知らない。何故なら、彼女が僕といるのは家か帰宅路か近所のスーパーかしかなかったからだ。

 帰りは、何も見落とすことのないよう、自転車を押して歩く。途中の公園に差し掛かった頃、何やら賑やかな様子が漂ってきた。若い男の声が響いているのだ。まさか、玲奈がそんなところにはいるまい。そう思いつつも、念のため覗いていくことにした。


「あのぉー……」

「やべぇ、誰か来た!」

「まじか!……この女はもういいわ」

「捨ててけ!」

「うっす」

 わらわらと蟻の子を散らすように去っていく男たち。僕は、なんとなく嫌な予感がした。



 あれは忘れもしない。小学五年生のある夏の日。

 僕は、仲の良い友人に誘われるまま、歩いて二時間の山へと向かった。ランドセルが重たくて仕方なかったが、我慢した。ここで泣き言を言うのは格好悪い気がした。

「やっぱりここめっちゃいいよな!あれ俺んち!」

 一足先にその高台へ辿り着いた友人は、そう叫んで両手を上げた。遅れてやっと辿り着いた僕は、息を切らしながらも友人の隣へ立ち、その高潮を分かち合おうとしたのだ。

 そのとき、何かが空の彼方から煌めいた。その光に目を凝らしているうち、友人がいつの間にかいなくなっていたことに気づいたが、訝しむ間もなく、それは現れた。


 銀色に輝く球形をした、宙に浮かぶ何か。

 それは、ゆっくりと僕の眼前に着陸し(それが正しい表現かはわからない)、煙を上げて、よくわからないドアのようなものからヒトのようなシルエットが浮かび上がった。

「ここは、1997年で間違いないか?」

「へ?……うん。1997年、だよ?」

「そうか」

 男のような言葉づかいのせいでわからなかったが、そのシルエットの持ち主は、よく見ると女のようだった。そして、煙から出てきたその人は、とても美しい顔をしていた。

「君は、佐藤周か?」

「うん。そうだよ?お姉さんは?」

「私は、レイナだ」

「レイナ?僕の隣んちに住んでる子とおんなじ名前だ!」

「……そうか」

「そうだよ?」

「きみ、私と一緒に勉強する気はないか?私は君に、全てを教えられる」

「勉強?……うーん、僕、勉強得意だから多分大丈夫かなー?」

「そうか、では頼むぞ。周」


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