三題噺 お題「こたつ・ハムスター・イチゴ」
世の中には不思議なことがあふれている。不思議とは気が付かなければただの出来事だ。
そう、気が付かなければ。
彼、義人が気づいた不思議もたまたまだった。いつもは妹が世話をしているハムスター、ハム二郎の体が大きくなっていた。
妹が四泊六日の修学旅行(外国へ行くのだそうだ)に行っている間の世話を任された義人は、しかして今まで一度もハムスターの世話などしたことがなかった。一週間程度なら、餌だけで問題ないだろうと妹に請け合ってもらっても、不安は拭えない。
最低限の知識を得ようと、ペットショップへ出向き店員に相談をしたのが昨日のこと。バイトを終えて家に帰ってみると、ハム二郎が明らかに大きくなっていた。
「え……。何が起きてんの」
呆然とする義人のつぶやきに返答するものはない。
「いや、いやいや、ダメでしょう。餌やりすぎたのか」
時計の短針はすでに頂上に近い。両親も二人で旅行に行ってしまって、相談する相手がいない。
(明日の朝一でペットショップに連れて行くか。あ、いや、病院か?)
思い悩んでいても埒が明かないと、PCの電源を入れブラウザを開く。二時間近く情報の海を彷徨っても、前例などは見つからなかった。
「…………さん!…………とさん!」
耳慣れない声に顔を上げると、どうやら昨夜はデスクで寝落ちしたようだ。声の正体を突き止めようと部屋の中を見回す。誰も居ないことを確かめてから、窓の遮光カーテンを開く。
やはり誰もいない。
気のせいだったか、と椅子から立ち大きく伸びをする。節々が固まっていていい音がする。ハム二郎のケージを見ると早朝の運動なのか、回し車をすごい勢いで回している。
手で。
「そういうの子供がよくやるよな、ブランコとかで。って、お前それは走るものだろう」
「ノリツッコミですか。朝から調子いいですね義人さん」
「そりゃあ、こんな摩訶不思議なことが起こってたら、ノリツッコミの一つや二つ……」
自然な応答をしていたが、部屋の中を再び見回してもやはり言葉を話す生物はいない。目の前のハム二郎に視線を戻すと、その小さな手を精一杯大きく振っていた。
「僕ですよ。あなたの飼っているハムスターのハム二郎です」
「……本当にお前なのか」
一瞬言葉に詰まりながらも返事をする。
(よく映画とかで確認のセリフがあるけど、自然と口にしちゃうのな)
と、暢気な思考をしているとハム二郎が三度口を開いた。
「そんなことはどうでもいいです。妹さんに餌はちゃんとやるようにと言われていたのにも関わらず、どうして昨日の晩はくれなかったのですか。俗に言うDVというやつですか」
そんなことと言われても、と義人は反論する。
「DVじゃない。人聞きの悪いことを言うな。こっちだってびっくりしてたんだ。そうだ、どうしてお前いきなり大きくなったんだよ」
「はあ、質問を質問で返さないでくださいよ。まあ、いいでしょう。僕が大きくなったのは一昨日の餌の影響でしょう」
ハムスターに溜息をつかれ、その上、上からものを言われる義人だったが、気づく様子もなく思考は一昨日の餌の方へと向かった。
(一昨日といえば、妹が修学旅行に出発した日で、それと同時に両親も旅行へ出かけて、俺はペットショップへ行った。)
義人は一日の行動を辿っていく。
(ペットショップで店員と話して……)
「お前らの餌ってため置きじゃねえの?昨日は忘れたけど、そんなにどんどん注ぎ足すような食事量でもないだろう」
ハム二郎は顔を背けた……かと思ったら顔を掻いた。どうにも、動揺を隠そうとしたように見えたことは否めない。
そのことに思い至った義人は、原因は自分にあるわけではないと知った。一昨日よりも前に餌を与えたのは妹であり、義人ではない。
(でもなあ、あいつ絶対怒るよな。自分のやった悪いこと、認めたことないし……)
自分だけで考えを進めていると、ハム二郎は自分の寝床へと戻っていった。
「なんだ、追求はもういいのか」
義人が聞くとハム二郎は怠そうに答える。
「僕らは基本夜行性なので。それに言い合いで人間に勝てるとも思いませんよ。なにかあったら、ちっちゃいものクラブのみんなで解決します。では、おやすみなさい」
結局、何が原因で今の状態になったのかは判然としなかったが、現状維持もひとつの手だろうと義人は判断した。
(というか、あんな名前だからてっきりハムちゃんずやってるのかと思ってたら、そっちなのか)
翌日、妹より一足早く両親が帰宅した。
昨夜の義人とハム二郎との話し合いで、このことは妹と相談してから周りに話すことに決まった。そもそも妹が世話をするという条件でハムスターを飼っているので、両親はあまりハム二郎に興味が無いことも幸いした。
そうして2日が過ぎ、妹が帰ってきたその日。義人はケージを持って妹の部屋の前に立っていた。
「おーい。ハム二郎持ってきたぞ」
義人は部屋の中の妹に声をかける。すぐに顔を出した妹はこう言った。
「もう、ハム二郎のことモノ扱いしないでよ。ん、一週間ありがとね、おにいちゃん」
それだけ言ってケージを受け取ると、妹はすぐに扉を閉めてしまった。チラリと見えた妹の部屋の中は、年中出しっぱなしのこたつの周りに、修学旅行のおみやげと思しき箱や、スキーウェアが散乱していた。
(スキーウェア?外国行ってスキーもしたのかよ。羨ましいな。)
義人はどうでもいいことに気を取られ、ハム二郎の変化を伝えていないことに気が付かなかった。
一週間ぶりの一家揃った夕飯は、妹の思い出話で持ち切りだった。初めて聞く名前ばかりの義人も、笑顔を貼り付けて相槌を打つ。内心はハム二郎のことでヒヤヒヤしている。正直に話すにも、タイミングがない。夕飯の後にもう一度妹の部屋に行こうと決心し、茶碗を片付けて自分の部屋へ向かおうと廊下に出ると、件の妹が後ろから追いかけてきた。
「おにいちゃん、私の部屋に来て」
妹は高校二年生のいわゆる思春期真っ盛りながら、特に義人を嫌うことなくここまで育ってきた。それでも、妹が高校に入ってからは一度も部屋には入っていない。つまり、二年ぶりの入室である。
妹の部屋は、年中常設のこたつ以外は見慣れないまるで全く違う部屋であるかのように義人の目に写った。
「ほら、女子の部屋見回してないで、こたつにでも座って」
言われるがままにこたつに足を突っ込む義人。妹はベッドにより掛かるようにこたつに座った。妹がリビングからずっと持っていた箱を開けると、ショートケーキが二切れ入っていた。
皿に載せられ、フォークとともに義人の前に置かれるケーキは同様に妹の前にも鎮座してる。
「こう言っちゃなんだが、ふとっ」
妹は平手で義人の頭を叩いた。気にしているらしい。義人の思惑通り、少し空気が和んだ。
妹はケーキのフィルムを剥がし、綺麗に折りたたむと言った。
「面倒だから本題から話すと、ハム二郎は前から話すことができたの。隠していたのは謝るけど、あんまり騒ぎしたくなかったから黙ってた」
声をかけられた時の雰囲気からなんとなく察していた義人は、相槌だけ打ち先を促す。
「ハム二郎が話すのには条件があって、イチゴを食べることなの。本当は教えたくなかったんだけど、行く前の餌にイチゴを混ぜたままにしちゃった私が悪いんだよね。この際だから全部教えると、種類によっていろんな効果があるの。今回体が大きくなったのは、餌に混ぜたイチゴがもともと大粒のイチゴだったからだと思う」
「思うっていうのは、どうしてだ」
「んとね、この条件ってアバウトなの。今まで見たのだと、黄色いイチゴを食べた時はピチューみたいな見た目になったかな。あとは…………」
妹のハム二郎の変化報告は多岐にわたった。そのどれもがどんな根拠があるのかわからないものばかりだったが、共通していることは、すべて人語を解するようになるという一点だった。
「要するに、俺がこの事を誰にも話さなければいいんだろう。話す気もないが」
さすがおにいちゃん、と言って妹はケーキに手を付け始めた。
義人も妹に甘えてケーキを食べようと皿をみると、さっきまでスポンジの上でその鼻先を怒らせていたイチゴが行方不明になっていた。
「Don’t mind.」
妹のほうから聞こえた声をたどり視線を上げると、妹の肩でイチゴを頬張りながらサムズアップするハム二郎がいた。
「イチゴの一個や二個で文句は言わんが、なんでそんなに発音いいんだよ」
「多分、このイチゴが外国産だからだね」
答えたのは妹で、ハム二郎は首を傾げていた。日本語が通じないようだ。
「生鮮食品が輸入なわけがないだろう」
妹はケーキを飲み込んで、再び言う。
「ん。そうじゃなくてね、多分このイチゴの苗木が輸入されたものなんじゃないかな」
そんなものなのか、と義人はケーキを食べ始めた。
ケーキを平らげて、ふう、と息をつくとハム二郎が天板から義人を見上げていた。そして、溜息と勘違いしたのかこう言った。
「It’s a piece of cake!」
「それ、『楽勝だよ』って意味だぞ。その一節に『ケーキほんの一切れだけ』なんて意味は無いからな」
ハム二郎は顔を掻いた。それはいつぞやの仕草にそっくりだった。
主人公の名前は「ヨシト」です。決して「ギジン」ではありません。念のため。
さて、今日から3月です。
そうです、特にやることがありません。
そこで、お題募集します。
3月中にあと3作品書こうかと思うので、もし良かったらお題をください。
条件は以下のとおり。
三題
①登場人物(生き物、偉人可)
②場所(架空でなければなんでも可)
③物 (なんでもアリ)
分からなかったら過去作を参考にしてください。(宣伝)
感想でいただければ構いません。
よろしくお願いします。
あ、評価してくださると泣いて喜びます。
鳴森舞