山車別れ (666文字)
ちいさな町の夏祭り。
十年ぶりに訪れた地は、夏祭り最終日だった。
二十日盆と呼ばれるこの地方ならではの行事。数台の山車が三日かけて町内を練り歩くという。
古くは京都祇園祭の流れを継いでいるのだという。
川沿いに立ち並ぶ夜店を覗きながら、クライマックスを待つ。花火を合図に街の中心と思しき商店街交差点に、人が群れだしていた。
朝、お宿を発った山車は、一日中町を繰り歩き、まもなくここに集まり、そして別れる。
その時を待つ人々が生み出した喧騒の中で、隣に並んだ若者。
カメラの三脚を固定しポジションを確保していく。
流れるような迷いのない手際に、私の目は釘付けになった。
二十代前半だろうか。黒い綿シャツ一枚に赤いターバンを額に巻きつけている。膝と裾がすり切れたデニム地のズボン。
うっすらと汗がにじんだ横顔が、遠い昔の知人を思い出させた。
ただそれだけのこと。
花火を合図に数台の山車が別れる深夜。
台車の引き手が一斉に声をあげる。
囃子がまた来年もと約束を交わしだす。
神社法被から差し出された、送りの提灯がゆっくり左右に揺れていく。
夏が、この町の夏が終わる日にのみ、目にすることが出来る光景。
振る舞い酒に勢いを得て、踊りの輪で掛け声に興じる集団の宴。
喧騒が風に流され宵闇に吸いこまれていく。
振り向けばカメラの青年はもう居ない。
「いい画が撮れただろうか」
懐かしい人を思い出させた青年に向け、気づけばいらぬお節介が声に出ていた。
足元を風に舞う紙切れがさわりと掠めていく。
過ぎる風は秋の気配を帯びていた。
さあ、明日は私を待つ人の元へ帰ろう。
人恋しさに包まれた帰り道。