魔法
双子は図書館にいた。
しかも地下の特別書庫。もちろん双子以外は誰もいない。
体力も回復し、装備も充実。普通なら、ここでギルドの依頼を受けたりフィールドに出てみたりするのだろうが、双子はプレイヤー経験がない。気になるところがやや違う。
ここ、特別書庫に存在する魔法書は、彼ら自身が設置したもの。
前回来た時は目的のもの以外触りもしなかったが、どこに何があり、様々なクエストとどういう流れでリンクされているか、制限解除のリクエスト数値など、知り尽くしていたと言っていい。そのため、相違点がどうしても、気になってしまうのだ。
特別書庫はさほど広くない。
具体的にいえば8畳ほどの広さの、窓なしの部屋だ。入り口の扉以外の場所はすべて本棚で囲われている。扉を開けると、部屋全体が蛍光灯がついたような明るさになる、ちょっとした不思議部屋だ。
しかも本棚にはどれも檻のような柵があり、本を触れることはできない。いかにもな禁書っぽい雰囲気だ。実のところ、これらは古いゲームによくある飾り本で、触っても読めないアレだ。
中央には、腰くらいの高さの大きな石造りの台座があり、大きくて分厚い魔道書が表紙を向けて8冊、並べられている。
椅子やテーブルはない。ちなみに床は石なので、座ると冷たい。
部屋に入ってそうそうに、双子は魔道書をチェックした。習得条件などはウィンドウが表示されないので分からないが、彼らの知る配置で、ちゃんと揃っていた。ゲームだと、ただ触れるだけで習得したことになるのだが、ここだと実際に開けて記載されている呪文を読むことができた。
魔道書は、「火・水・風・地」属性の中級~上級魔法の4冊、「付与」全体化の1冊、追加魔法の「次元(転移があると自動的に書き換わる)」「天陽」「死霊」の3冊。
双子はそれぞれ触って見たが、新たに習得することはなかった。
前提魔法と、習得可能レベルなどが関係しているのだろうか。それとも先日と同じく呪文を唱えれば習得、となるのか。まだまだ双子にはわからないことだらけだ。
どっちにしろ、レベル11の二人のMP量では唱えることは不可能なので、今は知りようがない。
ここで、『アルタートゥームの幻想竜』の戦闘系魔法について。
魔法の種類は
「火・水・風・地」の四大元素魔法に、
「神聖(天陽)・暗黒(死霊)」の二極魔法(神官クラス限定)、
「精霊・妖精」の種族魔法、
「次元(転移)・付与・幻影」の特殊魔法(魔術師クラス限定)、
「竜」魔法(竜魔術師クラス限定)。
そして「魔女っ子☆・星座」の夢幻魔法。
ゲーム時、四大元素および特殊魔法は店で購入でき、その上位魔道書は条件を満たせば特別書庫で習得できたが、二極・竜魔法はしかるべき場所へクエストで行かないと手に入らない。種族魔法は該当する種族なら最初から使える。追加魔法は、条件を満たせば特別書庫で習得できる仕様だった。ただ夢幻魔法は公開されていないので、最初から魔道書は設置されていない。
なお、ゲームでよくある雷・氷属性の魔法は竜魔法の中に含まれる。
竜魔法は、四大元素を複合技にしたもので、四大元素すべてと二極のどちらかひとつをマスターすることが大前提の、ゲームにおける最強の魔法だ。単体ボス用がメインだが、「流星爆撃」といった、RPG定番の最終奥義的な範囲が異様に広いものもある。
コストが高く、使い方を誤れば味方に大損害という欠点はあるものの、後半のボス戦に必須なので習得は魔法使いプレイヤーの最大目標だ。
ちなみに、竜魔法は二極により使い手のクラスが分かれる。
神聖 → 竜の神官 → 竜の神子
暗黒 → 竜魔法士 → 竜魔導師
アキのアバター暗黒竜騎士も対極のクラスに神聖竜騎士がある通り、ゲームにおける二極はクラスチェンジの重要なファクターだが、威力においてはそう違いはなかったりする。あえて言うなら、神聖は防御、暗黒は攻撃特化型。ダンジョンボスも属性は様々なので、一概に神聖だから最適、というわけではない。あくまでも好みの問題になるよう、調整されているのだ。
さて、その魔法の呪文について。
ゲームでの呪文は半自動で、視界の隅にラインで流れる呪文を任意の速さで読み上げることで発動する。たとえ読み違えても、半分以上唱えていれば問題ない。また暗記して早口で読み上げた場合、発動スピードは規定の4分の一までなら短縮できるようになっている。逆に長くすることも可能だが、中断して保持することはできない。
双子のうち、アキは初級がいくつかという程度だが、ハルはすべて呪文を覚えている。
なぜなら、魔法の呪文はほぼ彼が作ったからだ(ただし、夢幻魔法は除く)。
もともと、監督が提示したのは魔法の種類と必要な起動ワードだけの簡潔なものだった。
長ったらしい呪文はなく、起動ワードと呪文名さえ唱えれば魔法は発動する。発動後のクールタイムもないに等しい。だがそうなるとゲーム的に魔法無双となってバランスが悪くなるため、呪文等を追加してディレイを長くとり、他のクラスに合わせて調整することになった。
本来ならこういう大事なことは開発部が主導で行うのだが、予想通りというか、仕様書がいつまでたっても上がってこない。フィールドで戦闘のテストがしたくてもできない現場のスタッフが遂にキレて抗議、開発部から一部委託を受けることになった。
戦闘系の魔法とスキルの一部が双子の担当になり(押し付けあいに負けた)、その後三ヶ月間、ハルは寝る間も惜しんでバラバラの呪文データをリスト化して再構成し、エフェクトと効果音の担当者と調整の日々。アキは無駄に運動神経が良かったため、一度も習ったことのない武道の型を泣きながら覚えて、スキルの自動アクションサポートの動作構築に貢献した(ちなみに同期の辛家と七海はこの時、フィールドのモンスター分布のバランス調整を委ねられた、最も過酷な現場スタッフだった)。
忘れたくても、忘れられない。まさに体が覚えてる。
蛇足だが、チート系でお馴染みのいわゆる無詠唱や、詠唱破棄、多重詠唱といったスキルはハナから存在しない。そんなものがあったら魔法無双で以下略。
またキャンセル技でディレイを無効化したり、効果だけ発生させることも不可能だ。特定の補助スキル以外は、スキルとスキルを繋げたり重ねることもできない。そんなものがあったら物理無双で以下略。
多人数で行うゲーム、特にアルタートゥームのような定額制オンラインゲームでは、基本ソロプレイは推奨しないし、させない。理由はいろいろあるが、それは横においておくとして。
いかにして、他のプレイヤーと組ませるかがMMOゲームの課題であり、そのためのバランス調整なのだ。
とはいえ、廃人と呼ばれるベテランプレイヤー達は、本当に体に叩き込んで覚えるどころか、それを応用して効率性を計算しながら攻略するので、魔法無双や物理無双も見ようによっては、いる。あれはもう双子からすると、ゲーム脳な特殊プレイヤーだけが到底できる領域なのだ。
もし間違ってこの世界に廃人が来ちゃったら、碌な事にならないだろうなぁ、と双子はひそかに思っている。RPGが好きなのに、それを上回ってゲーム破壊が大好きなのだ。人に注目されることが命なので、賞賛どころか罵倒ですら彼らにはご褒美となってしまう。おとなしくしているワケがない。
恐るべし廃人ども。
まぁこのへんは、常に彼らに煮え湯を飲まされているプログラマーの、偏見に満ちた視点だと思って頂きたい。
黙々と目立たない所で、人様に迷惑をかけずに自己鍛錬を積む廃人だって、いるにはいるのだ。
たぶん。
この世界では当然、半自動などというサービスはなく、呪文は暗記必須。任意のスピードで打てるが、間違えたら不発と、なかなかキビシイ。
一番の問題は、魔力の量は生まれつきそう変わらないため、単純に人によって向き不向きが出てくる点だ。修練すれば魔力の質は上がるが、総量の上がり幅は狭い。ただ冒険者だけは貢献度でステータスの魔力値を上げていけるので、前衛系でもやがて普通の魔法使い(非冒険者)より威力が上になる計算だ。
だから魔法は一般に出回らない。
バタンッ、と分厚い魔道書を閉じて、ハルはため息をついた。
「なんでかなー? ゲームの時より呪文が長くなってるんだけど」
「あ? なんだそりゃ」
「最低でも一文節ほどが追加されて、より意味が具体的になっているカンジかな? 例えば火炎弾の呪文は、火の形は球形で、拳サイズ、という指定箇所が増えてるんだ」
「でもこの間は、短い呪文で発動させてたよな?」
「うん。ゲームの時と同じヤツ。……もしかして、呪文は魔法発動においてそれほど重要じゃない? たしか監督にもらった最初のデータは、呪文ですらなかった」
「あー、そんなことあったなぁ。とすると、より魔法の効果をイメージしやすくしている、とか?」
「そういうのあるねー。逆に固定イメージが縛りになって自由に魔法を変更できない、という可能性もあるなぁ。デバックで苦労している身としては、効果は一定でお願いしたいね、まったく。やっぱり検証しないと。それはそうと、さっきから何してるの?」
ハルが魔道書で呪文をチェックしている間、アキは何か思いついたらしく、柵付きの本棚をガタガタいじっていた。
「防犯の魔法とかなさそうだから、イケルかと思ってな。これ青銅なんだぜ? ネジもないし、鋳造か? 無用心だよなぁ…っと、よし! 取れた」
「やっちゃったよ……まさか、木刀と布でねじ切ったの?」
「俺らの世代なら、これぐらい常識だろ。青銅ってホントにヤワいのな」
「ないよそんな常識!」
「さてさて、何が書いてあるのかな~?」
アキは本棚にある手近の本を一冊取り出して開いてみた。
こういった本は表紙に何もなく、開かないと中身が分からないのだ。
「なんだこれ……」
ドサッと持っていた本を投げ捨てると、アキは本棚の他の本を手当たり次第に開きはじめた。
「アキ?」
「見てみろよ、これ! これも、これもっ!」
次々と開かれた本を、ハルに突き出す。
「これは……日本語!?」
「それだけじゃない! よく見ろよハル! これは……ゲームの仕様書だ!」
本に閉じられているし、書式は微妙に違うが、それらは、プログラマーでありスタッフとして働いてきた彼らにはおなじみのものだった。
まぎれもなく、『アルタートゥームの幻想竜』の監督、神 至が作成したゲームそのもの。
「そんな……じゃあ、他の棚の本も全部?」
「知るかっ!」
そう返しつつも、アキは隣の棚と格闘し始めていた。
ハルは放心状態のまま、手にした本のページをパラリパラリとめくっていた。二人とも頭が事態についてこないのだ。
「……あれ?」
何かがアキの目を引き付け、意識を本に向かわせた。
「アキ」
「なんだっ!」
「これ、何か変だ。クエストが違ってる」
「違う?」
ガタガタやっていたアキが手を止め、ハルの手元を覗き込んだ。
「ほらここ。このクエストの並び、僕らが担当したのと違う。それにこれだと街の南にある見張り塔に行く、とあるけど、あそこ入れたっけ?」
「見張り塔ってあれか、外壁の門の側にある? あれはそもそも入り口がない」
「だよねー?」
うーん? と二人して座り込むと、さらに仕様書の中身を読み進める。
さきほどの混乱はもう、なりを潜めていた。
「あ、ほら。ここも違う。城下町へはそもそもクエスト受注しないと入れないのに、入らないと始まらないってある」
「それは無理だろ。抜け道でもあるのか?」
「えーっと。あるっぽい」
「なんだよそれー。あ、ホントだ。地図によると、ここか。たしかに変だな。城下町は開発部の担当だが、この位置からすると俺らがやってておかしくない」
「クエストの流れから見て、レベル20からの王女絡みのアレだね」
「アレか……なるほど。そういうことか」
ゲーム時、街中でお忍び中の王女に出会う、というテンプレイベントがあった。
条件を満たしていれば(レベル20以上、ダンジョンに一つでも入場していること。モンスター討伐数30体以上。男性のみ)、受注できる定番のクエストなのだが、この王女が問題だった。毎度毎度、どこから出現しているのかわからないのだ。
所詮ゲームなので、急に出現するキャラもありだと思われるだろうが、VRゲームは基本的に、NPCにもある程度のリアリティが求められる。イベントの時などもいきなり出現せず、ちゃんと近場から目的の場所まで自力で移動してくるのだ。異世界を擬似体感できるVRゲームの醍醐味である(ただし複数同時に行われるので、クエスト系イベントが始まると、パーティメンバーのみ視認できる仕様)。もちろん、移動中のイベントNPCに話しかけることもできるが、好感度が下がるうえ、クエスト失敗で強制排除されることもあるのでオススメはしない。
ところがこの王女、気が付いたらいる。
条件を満たしていないプレイヤーの側に、急に出てきたりもする。移動シーンがないので、本当にいつどこから来るのかわからない、神出鬼没の謎の人物となっていたのだ。
「つまり、本来移動してくる筈のルートがないのにイベントが動いていた、ということだな」
「なんでそれで動くかなー? 普通なら実行できないのに。それにターゲットが一定じゃないのもおかしいし。バグにしては変だよ」
王族NPCのイベントは開発部の担当なので、双子たちスタッフは一切関知していないどころか、ソースファイルをのぞくこともできなかった。他にも謎の行動をする開発部コーディングのNPCが何人もいるため、スタッフから修正を希望する声が何度もあがっていたが、なぜか放置され今に至っている。
「王女かぁ、さすがに会わねぇだろ。というか、会わないで済ませたい」
「いやぁ。わかんないよぉ」
「頼むから、変なフラグ建てないでくれ」
熟知しているクエストならともかく、まったく未知なものだと生死に関わるのだ。
先日の異形の件といい、いくら既知のイベントを回避しても、突発的に来られたら逃げようがない。
「まぁ、王女の件は今はいいとして。それより、こっちだ」
アキがトンッ、と仕様書を指で叩いた。
「なんでこんなものが、ここにあるのか、だ。メタ演出も大概にしろと言いたい」
「オワリと戦えとでも?」
「ネタはいいから。この世界の住人がこれを見たら、ヤバイだろ」
「うん。あ、でも。もしかしたら。ちょっと待ってて」
有無を言わせぬ勢いで、ハルは特別書庫を飛び出したと思ったらすぐ戻ってきた。
「やっぱりなかった!」
「何が?」
「ここへのトリガーだよ。『失われた古代言語』、設置場所から消えてた」
それの意味することは、この場所は初めから二人だけに開放された場所だった、ということだ。
「するともし辛家と七海に合流したとしても、二人はここに入れないのか?」
「どうだろう。僕たちと同じ条件下にあるからイケル気がするけど、あの二人はガチで前衛タイプじゃない? 入れなくても問題はないと思う」
「俺も、前衛なんだけど」
「まぁまぁ、貴重なアドバンテージということで!」
アキの本領は剣術などの武器スキルを使用した戦闘なので、魔法はあっても持ち腐れである。
「……なぁ、たしかバルディアには道場あったよな。物理攻撃系のスキルが取れるヤツ」
「あったねー。たぶん同じカンジだと思うよ」
「行くしかねぇな」
「そっち系のスキルは僕と同じで、ほとんど覚えてるのに?」
「気功や、加速系のスキルは格闘の秘伝書からでないと無理。俺は基本、武器使うヤツばっかだし、格闘系はそれこそ格闘マスターの七海には負ける」
七海はアキと違い、もともと格闘ゲームに興味があった女性で、それが高じてVRゲームのデバッカーになった異色の才媛だ。地球世界の様々な格闘技に精通している格闘技ミーハーオタクなのだが、リアルでは一切使えなかったりする。格闘ゲームが得意でも現実では喧嘩はからっきし、という典型なのだ。
「よくよく考えてみればさ、次元魔法の本がここにある段階で、おかしかったんだよ。ここは明らかに、僕たちしか用がない場所だ」
「つまり、この仕様書やらも俺たちに読めと用意されてたわけか? 何のために?」
「それはわからない。でね、思ったんだけどさ。これ、企画書なんじゃないかな」
ゲームの企画書は、作り手によって様々だが、『アルタートゥームの幻想竜』においては、監督からほぼ完成に近いかたちで提出されたと二人は聞いている。
実はこれ、なかなか異例な事なのだ。
VRゲームほどのボリュームとなると、個人で作れることには限界がある。監督個人が主に決めるのは企画の骨組みで、あとはその骨組みにそった肉付けを開発部が行い、それを監督がまとめて、最後に開発部が細部を仕様書にしていく、というのが最も多いパターンだ。
ところが神監督は、企画書の段階で細部すべてをまとめていた。その完成度の高さに、当時は業界でかなりの話題になったほどだ。開発部からしたら、何も仕事をさせてもらえなかったようなもの。つまりここから、監督と開発部の軋轢が始まったと言えなくもない。
「だからって、勝手にいじるのはどうかと思う」
「だな。まさに改悪」
とりあえず、いくつか本を開いてみた双子の感想はそれに尽きた。
「おっと、もう昼だぞハル」
「んー。これ、持って出られないかな。……次元倉庫に入らないや」
「ま、この手のは持ち出し厳禁ってことだろ。また来ればいいさ。ほら、もう行くぞ」
「あ、柵はそのまま?」
「これなー。壊しちまったし、いいだろもう。……ん?」
何気に見た本棚で、何かがアキの目に留まった。
「どうしたの?」
「ここ、この縁のトコの模様がさ『解』っていう字に見えね?」
「あ、ホントだ」
ハルがその模様に指を当てたとたん、ガタンッ! と青銅製の柵が落ちた。
「……」
「……」
カランカラン、と床に転がる柵を、思わずジト目で見てしまう双子なのだった。
その昔学生だった頃、学校裏の柵が青銅製だったのですが、
先輩による抜け道があったりしましてね。
青銅ってねじ切れるんだ! と驚愕したのは忘れがたい思い出です。
ちなみに十円玉も青銅製。青銅が全部ヤワというわけではないデス。